ここからは 少しチベット仏教シリーズで 参りたいと思います。
輪廻転生は 信じる信じないは 別として
日本人なら 誰でも 結構なじみがありますよね。
精神世界や スピリチュアルに 興味が出てきたなら
一度は 自分って どんな過去生を 持っているんだろう って興味を持ったり
そこから 今の人生を どう癒して どう切り開いていったらいいのか
探求していくこともあるんじゃないかと思います。
実は 私も “本当の自分”(とか、そのヒント)を 過去生に 求めた事がありました。
色々な自分の過去生を 人から聞いたり 聞かされたり 夢で見たりもしました。
自分の過去生や未来生を 探っていると その内に
ほんとに 輪廻転生 ってあるのかな? という疑問が 湧いてきたりするのじゃないかな?
うちの旦那は
“知らないということは 知らなくて良いってこと
そんなことより 早く真我を見つけたほうが良い。それ以外は寄り道”
って感じの人ですが
私は私の道を進むしかないので 過去生探求もやってみました。
そうしていた しばらくの間
自分だけでなく 他の人々が 苦しんでいたり
この世だけでは どうしてなのか うまく 説明できない 色々なことが
輪廻転生で 説明できると 思ってましたし
輪廻転生があることに 癒しを 見出していたこともあります。
現在の 私的な意見としては
輪廻転生は ある そして ない。
相対と絶対 あるいは 個我と本質・真我
どちらの 視点から みるかによって 違う です。
去年 有難いことに うちの旦那が チベット仏教の先生に
輪廻転生について 質問するチャンスがありました。
目覚めの体験の記事にも書いた カルマ・リンポチェにお会いした時です。
答えてくださったのは ヤコブで ヨーロッパの人なのだけど
自ら進んで 16歳くらいから 何十年も
チベットの有名な転生ラマ達に師事して 学んできたと言う 素晴らしい方で
ある転生ラマから 自らも 教えを説くようにと 任されています。
ところで うちの旦那が 一度 聞きたかったと言う質問は
一体 何が 輪廻しているのか? です。
私と違って ちゃんと 仏教を 学ぼうという姿勢のある 旦那が言うには
仏教では 輪廻転生という概念を 使っているけれども
(生まれ変わる) 魂という概念はない のだそうです。
では 一体 何が 生まれ変わっている といっているのでしょうか?
ヤコブの答は とても 明瞭でした。
“Ignorance reincarnates.” (無知が生まれ変わる)
無知とは 自分が 本当は 何者であるかを 知らないこと。
心と身体からできている 小さな自分が 自分だと 思っている。
生まれて いつか 死んでしまうものが 自分だと 思って生きている。
だから 私達は 生まれ変わり続ける。
その無知という夢が 続いていっている。
“なぜだか 個別に存在しているものがある という思い込みがおこり
それが 輪廻し続けているんだ” と言うのです。
この輪廻転生という 永遠に続くような 循環から
人々が 解き放たれることを 願って 仏陀は 教えを説きました。
私達が生きている人生は 夢のようなものだと…
“もし それが 幸せな夢だったならば 仏陀は 何も言わなかっただろう”
と ヤコブは 言ってました。
でも 私達が見ている 夢の人生では
いいことがあっても それはずっと続くわけじゃない
望んでいなくても 嫌なことも 起こってくる。
その状態から 解き放たれて 常にここにある 幸せに 気づくために
今まで 自分は こういうものだ と 信じてきたことから 目覚めること。
輪廻転生から 抜けるためには
そもそも 輪廻する私・個人というものがない ということに 気づかなければならない。
そのために 仏陀の教えはあるのです。
輪廻転生は 信じる信じないは 別として
日本人なら 誰でも 結構なじみがありますよね。
精神世界や スピリチュアルに 興味が出てきたなら
一度は 自分って どんな過去生を 持っているんだろう って興味を持ったり
そこから 今の人生を どう癒して どう切り開いていったらいいのか
探求していくこともあるんじゃないかと思います。
実は 私も “本当の自分”(とか、そのヒント)を 過去生に 求めた事がありました。
色々な自分の過去生を 人から聞いたり 聞かされたり 夢で見たりもしました。
自分の過去生や未来生を 探っていると その内に
ほんとに 輪廻転生 ってあるのかな? という疑問が 湧いてきたりするのじゃないかな?
うちの旦那は
“知らないということは 知らなくて良いってこと
そんなことより 早く真我を見つけたほうが良い。それ以外は寄り道”
って感じの人ですが
私は私の道を進むしかないので 過去生探求もやってみました。
そうしていた しばらくの間
自分だけでなく 他の人々が 苦しんでいたり
この世だけでは どうしてなのか うまく 説明できない 色々なことが
輪廻転生で 説明できると 思ってましたし
輪廻転生があることに 癒しを 見出していたこともあります。
現在の 私的な意見としては
輪廻転生は ある そして ない。
相対と絶対 あるいは 個我と本質・真我
どちらの 視点から みるかによって 違う です。
去年 有難いことに うちの旦那が チベット仏教の先生に
輪廻転生について 質問するチャンスがありました。
目覚めの体験の記事にも書いた カルマ・リンポチェにお会いした時です。
答えてくださったのは ヤコブで ヨーロッパの人なのだけど
自ら進んで 16歳くらいから 何十年も
チベットの有名な転生ラマ達に師事して 学んできたと言う 素晴らしい方で
ある転生ラマから 自らも 教えを説くようにと 任されています。
ところで うちの旦那が 一度 聞きたかったと言う質問は
一体 何が 輪廻しているのか? です。
私と違って ちゃんと 仏教を 学ぼうという姿勢のある 旦那が言うには
仏教では 輪廻転生という概念を 使っているけれども
(生まれ変わる) 魂という概念はない のだそうです。
では 一体 何が 生まれ変わっている といっているのでしょうか?
ヤコブの答は とても 明瞭でした。
“Ignorance reincarnates.” (無知が生まれ変わる)
無知とは 自分が 本当は 何者であるかを 知らないこと。
心と身体からできている 小さな自分が 自分だと 思っている。
生まれて いつか 死んでしまうものが 自分だと 思って生きている。
だから 私達は 生まれ変わり続ける。
その無知という夢が 続いていっている。
“なぜだか 個別に存在しているものがある という思い込みがおこり
それが 輪廻し続けているんだ” と言うのです。
この輪廻転生という 永遠に続くような 循環から
人々が 解き放たれることを 願って 仏陀は 教えを説きました。
私達が生きている人生は 夢のようなものだと…
“もし それが 幸せな夢だったならば 仏陀は 何も言わなかっただろう”
と ヤコブは 言ってました。
でも 私達が見ている 夢の人生では
いいことがあっても それはずっと続くわけじゃない
望んでいなくても 嫌なことも 起こってくる。
その状態から 解き放たれて 常にここにある 幸せに 気づくために
今まで 自分は こういうものだ と 信じてきたことから 目覚めること。
輪廻転生から 抜けるためには
そもそも 輪廻する私・個人というものがない ということに 気づかなければならない。
そのために 仏陀の教えはあるのです。