今までに2種類の数秘学を習った事がある。
一つは古神道、もう一つは“一応ピタゴラス”によるものだそうだ。
一応…というのは、先生によると、
数秘学というのは、今回の人類が発生する以前から、存在するのだけど、
便宜上、ピタゴラス教団の…ということにしているらしい。
元々、占星術と共にあったのだけど、
何故か、数秘学のほうは、廃れてしまったのだそうだ。
古神道の方は、気功の授業中に先生から教わった。
ちょっとかじったくらいだけど、結構面白かった。
もう15年位前になる。
ピタゴラスの方は、数秘学の先生から、4年くらい前に教わった。
20年以上関わられている先生からすれば、ほんのひよこだけど
自分が年を取った分、見えるものがあり、楽しかった。
数秘学でも、占星術でも、チャネリングのようなものでも、
人生、何がどう転ぶか、分からないから、人は先のことを知りたくなる。
でも、逆に、振り返ってみると、人生の流れのようなものが見えて
数秘学からでてくるものと、照らし合わせて、ああなるほど~
と納得したりするのが、楽しかったりした。
ピタちゃん
の数秘学では、生年月日とお名前から
運命数だとか、生まれた時に頂いたパワーだとか
人生の流れのどの辺りにいるかだとか、色々とわかる。
その中に、パーソナルイヤーというのがある。
9年サイクルのどの年に当たるのか、が分かる。
私は、去年、9年サイクルが終わり、今年は始まりの年だった。
それと、また別の大きなサイクルも始まった年だった。
先生によると、その9年サイクルがどのような流れになるか
ヒントになる年だそうだ。
まあ、振り返ってみると、ほぼ非二元一色といった感じがする。
小さな目覚めの体験も何度かした。
仕事でも、プライベートでも、非二元の教えに関わる事が多かった。
ついでに、このブログも始めた。
始まりの年として、ありがたい年だったな~。
数秘学では、相対的な世界での私が何者なのか…
ということが、かなり的確に分かる…というのが、
自分や家族やほかの人達の、リーディングもどきをして感じた事だ。
自分や家族を含め、人のことを理解し、受け入れるための助けともなった。
この世を生きるためのお道具(個我・自我・エゴ)を
知るための方法として、結構気に入っている。
自己探求の旅の途上で出会った数秘学。
私にとって、一番、ありがたかったことは
それで分かる自分というものは
自我、相対的な自分であって
私が探し求めている“本当の自分”ではなかった事
自分の探求が、方向違いだったことに気づけた事だ。
これは自分にとって、天動説→地動説の大きな転換だった。
何がきっかけになるか分からない。
人生、何が起こるかわからない。
その角の向こうには、何が待っているか分からないけれど
今ここにあるものがどう繋がるか、自我には分からなくても、あり難い。
色々なことや人のお蔭様で、こうして生かされているんだな~。
一つは古神道、もう一つは“一応ピタゴラス”によるものだそうだ。
一応…というのは、先生によると、
数秘学というのは、今回の人類が発生する以前から、存在するのだけど、
便宜上、ピタゴラス教団の…ということにしているらしい。
元々、占星術と共にあったのだけど、
何故か、数秘学のほうは、廃れてしまったのだそうだ。
古神道の方は、気功の授業中に先生から教わった。
ちょっとかじったくらいだけど、結構面白かった。
もう15年位前になる。
ピタゴラスの方は、数秘学の先生から、4年くらい前に教わった。
20年以上関わられている先生からすれば、ほんのひよこだけど
自分が年を取った分、見えるものがあり、楽しかった。
数秘学でも、占星術でも、チャネリングのようなものでも、
人生、何がどう転ぶか、分からないから、人は先のことを知りたくなる。
でも、逆に、振り返ってみると、人生の流れのようなものが見えて
数秘学からでてくるものと、照らし合わせて、ああなるほど~
と納得したりするのが、楽しかったりした。
ピタちゃん
の数秘学では、生年月日とお名前から運命数だとか、生まれた時に頂いたパワーだとか
人生の流れのどの辺りにいるかだとか、色々とわかる。
その中に、パーソナルイヤーというのがある。
9年サイクルのどの年に当たるのか、が分かる。
私は、去年、9年サイクルが終わり、今年は始まりの年だった。
それと、また別の大きなサイクルも始まった年だった。
先生によると、その9年サイクルがどのような流れになるか
ヒントになる年だそうだ。
まあ、振り返ってみると、ほぼ非二元一色といった感じがする。
小さな目覚めの体験も何度かした。
仕事でも、プライベートでも、非二元の教えに関わる事が多かった。
ついでに、このブログも始めた。
始まりの年として、ありがたい年だったな~。
数秘学では、相対的な世界での私が何者なのか…
ということが、かなり的確に分かる…というのが、
自分や家族やほかの人達の、リーディングもどきをして感じた事だ。
自分や家族を含め、人のことを理解し、受け入れるための助けともなった。
この世を生きるためのお道具(個我・自我・エゴ)を
知るための方法として、結構気に入っている。
自己探求の旅の途上で出会った数秘学。
私にとって、一番、ありがたかったことは
それで分かる自分というものは
自我、相対的な自分であって
私が探し求めている“本当の自分”ではなかった事
自分の探求が、方向違いだったことに気づけた事だ。
これは自分にとって、天動説→地動説の大きな転換だった。
何がきっかけになるか分からない。
人生、何が起こるかわからない。
その角の向こうには、何が待っているか分からないけれど
今ここにあるものがどう繋がるか、自我には分からなくても、あり難い。
色々なことや人のお蔭様で、こうして生かされているんだな~。