幼少のみぎりに、神様も笑ってる…といって、
しかも、その後、いや別に…と、さらりとスルーした次男。
今では、すっかりでかくなってしまった。
相変わらず、陽気で明るい、我が家の道化師である。
(で、格好良くなった ←相変わらず、親ばか
)
ある日、未来の事について話していたとき、
しみじみと、しかし断固たる決意を持って、彼が言った事がある。
“自分が大好きな事をして、生きていきたい”と…。
大人としては、、それはかなり大変かも~?とか、
それで本当に、生活が成り立つのか?なんて、
いらぬ心配をしてしまうのだが、
大好きな事を仕事にすれば、それはもう(頑張らなきゃいけないような)仕事ではない…
というように、本当に、大好きなことが、仕事として成り立てば、
この世で生きていく上で、これほど幸いな事はない。
多くの人が、人生の多くの時間を費やす仕事。
それが大好きな事だなんて…。
楽しくて仕方がないじゃないですか……。
人は知らず知らずに、
自分は、そんなに楽しんでばかりいてはいけない、とか
楽しんでばかりいられるはずがない、とか
そんな事をしていたら、ばちがあたる、とか
挙句は、大変な思いをしている人達に対して、申し訳ない、とか
楽しい事をする (しつづける) ことに、抵抗をする。
楽しい事をして、幸せな気持ちになることに、何故か抵抗があるのだ。
でも、幸せは、物凄く感染力が強い。
周りの人は、はっきりと、幸せだ~と感じなくても、なんとなく、心が軽くなる。
笑顔になる。
笑顔になると、心も身体も緩んで、楽になる。
あるチベットの高僧は、
人のために何かしたいと思うなら、
全力で、自分を幸せにしなさい、と、おっしゃった。
あなたが心から幸せであることは、ある意味、他者への優しさであり、思いやりでもある。
自然と、周りに影響してしまう。
それは、幸せや慈愛が、本来の私達の姿だからだろう。
だから、本当は、人のためにも、自分が幸せである事に邁進すればいいのである。
次男は新しい世代の人間なんだな~と思う。
もし、大好きな事をして、生活をしている人ばかりがいたら、
この世は、どんなに素敵になるだろう?
しかも、その後、いや別に…と、さらりとスルーした次男。
今では、すっかりでかくなってしまった。
相変わらず、陽気で明るい、我が家の道化師である。
(で、格好良くなった ←相変わらず、親ばか
)ある日、未来の事について話していたとき、
しみじみと、しかし断固たる決意を持って、彼が言った事がある。
“自分が大好きな事をして、生きていきたい”と…。
大人としては、、それはかなり大変かも~?とか、
それで本当に、生活が成り立つのか?なんて、
いらぬ心配をしてしまうのだが、
大好きな事を仕事にすれば、それはもう(頑張らなきゃいけないような)仕事ではない…
というように、本当に、大好きなことが、仕事として成り立てば、
この世で生きていく上で、これほど幸いな事はない。
多くの人が、人生の多くの時間を費やす仕事。
それが大好きな事だなんて…。
楽しくて仕方がないじゃないですか……。
人は知らず知らずに、
自分は、そんなに楽しんでばかりいてはいけない、とか
楽しんでばかりいられるはずがない、とか
そんな事をしていたら、ばちがあたる、とか
挙句は、大変な思いをしている人達に対して、申し訳ない、とか
楽しい事をする (しつづける) ことに、抵抗をする。
楽しい事をして、幸せな気持ちになることに、何故か抵抗があるのだ。
でも、幸せは、物凄く感染力が強い。
周りの人は、はっきりと、幸せだ~と感じなくても、なんとなく、心が軽くなる。
笑顔になる。
笑顔になると、心も身体も緩んで、楽になる。
あるチベットの高僧は、
人のために何かしたいと思うなら、
全力で、自分を幸せにしなさい、と、おっしゃった。
あなたが心から幸せであることは、ある意味、他者への優しさであり、思いやりでもある。
自然と、周りに影響してしまう。
それは、幸せや慈愛が、本来の私達の姿だからだろう。
だから、本当は、人のためにも、自分が幸せである事に邁進すればいいのである。
次男は新しい世代の人間なんだな~と思う。
もし、大好きな事をして、生活をしている人ばかりがいたら、
この世は、どんなに素敵になるだろう?