こんにちは、黒子です猫キラキラ
毎日のように沢山の訪問 メッセージ いいね コメント
ありがとうございます。

R君が亡くなって5日です。
仏壇に納まったR君に話しかけては涙が出ます付けまつげ汗
これが夢であって欲しい‥
毎日そう思います

Lちゃんは、この頃やっとお兄ちゃんが亡くなった事を
理解し始めました。

また入院したのね〜

最初はそう思ってたようですが‥
いつになっても一向に黒子も黒男も出掛けません。
いつもだったら、お留守番させられてたのにね‥

お兄ちゃんは帰ってこられない所へいっちゃったんだ

そう解り始めて 寂しそうにしています。

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細かい事や思いを忘れないうちに、記録しなければ‥
黒子は五年日記をつけているので隅に色々書き込んでました。

10/18(日) 
尿 0回
便 0回
嘔吐 0回
act (-)

朝一番に通院 皮下点滴と注射(制吐剤ステロイド)をして
いつもになく元気に見えた R君
S先生にも、看護師さん達にも

今日は首を上げてしっかりしてるね

って言われてました。
しかし無情にも黄疸はどんどん進んでました。
行き帰りも車で吐くこともなく
黒子にも調子が良い様に見えました。
ポカリスエットとOS-1を1:1で割ったものや水を
飲み場に連れていくと、自分で飲んでいました。
お薬も朝晩、しっかり飲みました。
アイスクリームやチュール等はもう受付けなくなって
3日目でした。
胃に入る物は、水分のみです。
この頃、尿が出るのは1日置きになってました。
出る日は何回も出て、出ない日は出ません。
便が出なくなって7日でした。
7日前にコールタールのような真っ黒な便が大量に出て
黒子はその日から死は近いと覚悟してました。
黒男はそんな事ない、まだまだ大丈夫だよって‥
その便を出したのは、竜宮神へ行った翌日でした。


10/19(月)

尿 5回
便 0回
嘔吐 5回
act (-)

朝方から、飲んでいる以上に何度も排尿がありました。
昨日 皮下点滴したしなぁ‥
それに、水分も摂れてたしね。
でも元気が急に無くなったように思いました。
呼びかけても反応が薄いのです。
たくさんの排尿があるのに自力で飲みません。
仕方がないので、お薬を飲ませてから
シリンジ(注射器)で水分を飲ませました。
五分もしないうちに、噴き出すように吐きました。
あれ?昨日、あの強力な制吐剤を注射したのにな‥
そう思いながら苦しそうなR君の口元から耳
胸の飾毛をとりあえずタオルで拭きました。
吹き飛んだ吐瀉物は、オレンジ色で床一面に‥
雑巾で何度も拭きました。
それからもう吐かなかったので、シーツ交換をして
R君の身体をホットタオルで拭き、ついでに陰部の消毒をし
着替えさせました。
この時から、薄いトイレシートをベッドの回りに敷き詰め
R君のベッドのシーツの上や顔元にも敷きました。
たくさんの洗濯をしながらR君の様子を見てました。
お昼になり黒男にLINEをして早く帰るように伝えました。
夕方病院へ行こうかと思いましたが‥
何も飲めないのに、よくおしっこをしました。
マナーウエアを交換する時少しでも動かすと吐きました。
安静にしているのが一番でした。
何か飲ませたかったのですが、飲みません。
この日は噴き出すように吐いたのは1度だけでしたが
計5回も吐きました。
一気に衰弱したのが分かりました。
この日から立つ事さえできなくなりました。
もう、骨と皮だけになってしまいましたが‥
お腹の腫れが気になりました。

夕方 黒男が帰宅して呼びかけましたが‥
とても反応が薄いのです。
意識混濁が始まっているのが解りました。

もう今夜がヤマかもしれない

そう思いました。
夜、亡くなった後 直ぐにやらなければいけない事を
涙を流しながらチェックしていました。
寝ている間に息がなかったり冷たくなっていたらと思うと怖くて
一晩中 寝ずにR君の傍に座っていました。



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目はなくとも、苦しそうな表情は解りました
それは、8月2日に両眼全摘をした時からです。
目も瞼もなくても、口元や鼻の表情で解ります。

10月1日に黄疸が確認され余命宣告を受けた頃から
ベッドに寝たきり、ほぼ動けなくなっていきました。
日に日に弱っていくのが解りました。
前の日出来たことが翌日は出来ないとか‥
R君にとって苦しい辛い日々でした。
黒子は ほぼ24時間の完全介護体制となりました。
用事のある時は、黒男が休んでくれてました。

黒子たちは決して辛いとは思いませんでした。


だって 辛いのはR君なのだから‥