生まれ落ちた時点で人は無条件に愛される

 

確かにそうだ。

 

お腹が空いたと泣いても

眠たいと言って泣いても

暑いから何とかしてと泣いても

おむつを替えてと泣いても

お腹が動いたよ~と泣いても

 

何をしても無条件で許される。

それは赤ちゃんだからではなく、

全ての人が与えらえている権利。

 

なのに何故か途中から、

条件付きの愛に変わってしまっている。

 

どこからか無意識に、

愛される為にはどうしたらいいのか、

周りの人の様子を伺うようになっている。

 

だからそれを熟すのに必死になる。

少しでも多く愛してもらえるように、

必死に完璧にこなして愛を得ようとする。

 

失敗は許されない。

だってそれは愛を失う事に繋がるから。

 

愛を失う怖さと戦いながら、

完璧であろうと努力する。

 

努力するっていい事のように聞こえるから、

自分がやっている事はいい事だって思っちゃう。

頑張っている私を肯定してしまう。

 

間違った前提の上に努力を重ね、

自分が願う方向からどんどんとズレている。

そのことにも気付かずに努力を重ねる。

 

小さい頭で考えた物事って

感じたままは正直であっても、

その感情が正しいかは見てみた方がいい。

 

人は生まれた時から愛されるに値する存在。

その前提のもと、自分を照らし合わせてみて。

愛される存在だとしたら何故こんなことが起こったの?
 

人は完璧にこなすために生まれたのではなく、

人生を失敗する為に生まれてきている。

たくさんの事を体験し、失敗し、

自分の思っている事はこれでいいんだと、

自分自身を強化する為に生まれている。

 

そうやって失敗することで、

自分がが大事にしている物が見えてくる。

そして見えてきたら突き進むだけ。

 

人間は色々な体験をしに生まれてきている。

いい事も悪い事も、起こらないより起こる方がいい。

色々な体験をする為に生まれて来てるのだから。