紅蓮の炎を吹き上げる火柱を…此の世のものとは思われない奇異な彩りを、息苦しい吐息の中で眺め、辺りの景観に暫し空ろな目で、怖ず怖ずと覗き見る侘びしい独りぼっちの一時と成った…。

シューシューシューシューと燃え上がるかと思うと、岩漿の割れ目を横に走る火炎。

真っ黒な岩石の塊を真っ赤な炎が包む。

至る所、熱気と乾燥し切ったカラカラの焦熱。

咽は渇(かわ)き、唇が裂けんばかりの灼熱に爛れ、然も蒸(む)される。

生易しい温度では無い。皮膚にジリジリと喰い込む熱風。

強い風では無いが、天火に焼かれている様である。

もう息苦しくて息が出来無い。


そんな岩場の蔭に人が居る…人が…ジッと堪えているのか人が居る。

炎の中に霊体を晒し、男と女の判別が中々付かない。

髪の毛が燃え落ち、眼も鼻も焼け爛れ、皮膚のケロイドが顔面を掩(おお)う。

とてもじゃ無いが見られた顔では無い。唇が変形し顔全体が腫れ上がっている。

そんな中で、虫の息を…ジッと凝らし尚堪え続けている。

あちらの溶岩流に巻き込まれて一人。

此方の噴出口に身を晒して一人。

吹き上げる火柱の下に五〜六人。

男と女の判別は体型では測れない。

泣き声である。

戦慄(わなな)く喚(わめ)き声である。

悲痛な震え声である。甲高く鋭い声。忍び泣きの声。濁った汚い苦しみの声。奇声。悪声。涙で潤んだ声…泣くか黙るか、孤独の中にしゃがみ込んだ侭、両手を顔に当ててジッと堪えている。


「お待たせしました。

大神様の御許しを戴く事が出来ました。

早速、御案内させて頂きましょう」

青年の声に、ホッと胸を撫で下ろし、我に返った。

其れにしても凄まじい世界である。

空の色は煤け猛煙が立ち籠めている様で、依然として業火に焼き尽くされる地獄。

其処は啜り泣きする男女の声が、嵐の夜の電線をヒョウ―ヒョゥーヒョゥーヒョゥー…と鳴らしている様で、物悲しく不気味である。


「あの燠火(おきび)の炭の様な岩の上に腰掛けて、俯(うつむ)いて居る男を御覧ください。

彼は生前、検察官として活躍し、検事を経て退職後弁護士と成った大変なエリートでした。

でも、今は地獄第三層に囚われの身と成って、自らの犯した罪に嘖(さいな)まれる最悪不運の人と成って此の霊界に彷徨い続けて行くのです」

赤く熾った炭火に焼け石。其の上に腰掛けて彼はジッと堪えている。

涙は枯れたものか焼き尽くされた皮膚も何一つ精気が無い。

正に廃物と化した骨と皮の乾燥物(ひもの)に過ぎない。

悶々として苦痛に打ち拉(ひし)がれて座っている。

「あの男は極最近、此の地獄に堕ちて来た人物です。

大神様は、あの男の死の直前から霊界に至る迄のビデオの再現を御許し下さいました。

只今から、彼の地獄第三層に堕ちる迄の経緯(いきさつ)を実況ビデオでお目もじ頂く事に致しましょう」と言うなり、急ぎ早に此の場を立ち去り、とある山の頂きへと向かって行ったのである。


小高い丘を思わせる様な、なだらかな小山。

其処には不思議な光景が展開されていた。

人間が突然、空気のカーテンを蹴破って飛び出して来る。

丘の頂上付近に空から緞帳(どんちょう)が下りて来た様な灰色の雲…勿論、展望は全く効かない。

景色の見えない丘である。

雲と言っても分厚い寒天状の壁である。

丘の一帯が此の雲で覆われ、恰もガスの懸かった山間部を思わせる。

其の寒天状のカーテンを破って人が降って来る。

全くの不思議な光景に見惚れていたのである。


「御覧ください。

此の霊界から幽界を眺めると、どんよりとした曇り空の下に総てが霧のベールにでも包まれたかの様な、雨上りの夕暮の山間部の景色の様に観えるでしょう。

天から重く伸し掛かった濁った空気の緞帳が帷(とばり)を下ろし、一切の景観を遮っている。

実は、此の霧の彼方に広大な幽界が広がっているのです。


此の場所は、私達の住む霊界と、人間の死の直後から行脚し続けて来た幽界との境い目で、此処で幽体は死し、脱ぎ捨てられて霊界人と成る…つまり、霊体に生まれ変わる訳です。

本来、肉体を持つ人間は、既に四つの身体を具備していると説かれています。


神道では、肉体の存在を『土の体』と言い、此の土の体が死して後、『水の体』つまり之が幽体に当たる訳ですが…其の奥に『風の体』と称する霊界人間の霊体を認めています。

尤も…《人間の魂に触れる最も深く高い世界の存在を『火の体』と呼び、肉体人間が内蔵している本質を四つに分けて表現しています。

つまり、肉体を脱ぎ捨てて幽体に、幽体を脱ぎ捨てて霊体に、そして最後に『本体(火の体)』に帰趨する》と説明されています。


今迄に見詰めて来た霊界での地獄の住人達は、自らの欲望や執着心の権化と成って、己れ自身の妄念に因って、自縄自縛に掛かって苦しむ。

之を『地獄』と言う訳ですが、どうして是程、人間と言うものは素直に成れないものか…皆、自我の塊で、己れの本来具有している直毘に目覚めて来ない。

此の自らの我執に曇り切った世界を地獄と呼び、死して尚、其の我執から逃れられず、地獄に宛所(あてど)無く彷徨う事に成るのです」


《『火の体』は神に通ずる世界。

人間が本来既に具有している『直毘の御魂』に目覚める事が、神に拠って救われる究極の世界》であるとすると、是が非でも、《現世に於ける生きる目的》を明らかにして、死に備えなければ成るまい。


一旦地獄に堕ちた住人が、霊界に目覚め、魂の帰趨すべき目的に覚醒するだけでも四千年の歳月を要すると言う。

況して夢幻界·色彩界·光焰界·光明界·超越界·究境界と経て、神の世界…澄み切った直毘の世界…に至る迄に、霊界での修行二萬八千年と言うから、並大抵の事では無い。

つらつら思いを馳せ乍ら、此の奇妙な光景に見惚れ、私は青年の言葉に耳を傾けていた。


「先程の弁護士は、幽体を此の場所に脱ぎ捨てて、私達の住む霊界へと生まれ変わって来たのです。

そして、事も有ろうに地獄第三層へと堕ちて来る。

彼も、結局は無知蒙昧な大衆の一人」…皮肉混じりとも思える人間への警告を、青年は哀れみ乍ら弁護士が脱ぎ捨てたものだと言う幽体を指差して、更に説明を加えた。

「トコロテンか寒天を思わせる、丁度"海月(くらげ)"が海岸に打ち上げられて、陽光に干され掛けている様な…御覧ください。

之が彼の脱ぎ捨てた幽体です。

只今から、此の幽体を着て、彼の歩んで来た道程(みちのり)を再現する事にしましょう。

其の方が単なる言葉で説明するより、実感が籠っていて良い…」と、思いもしない方法を示された。


        ―以下つづく―