何処を歩いているのかは定かではありませんが、やけに薄暗い…夜とも日が暮れたばかりなのかも分かりませんでした。足下の地面の感覚がフニャフニャとして、どうやら地面には足が付いていない様な感じです。
然し確かに地面らしき何かを踏み締めて進んで行きます。
何処に向かっているのかが判然としません。
「此れは夢か?」と、不意に思いました。

でも夢なら背後の感覚が無い筈なのに、四囲の感覚もはっきりしていて、間違い無く現実に何処か外に居るのは確かなのですが、暗くて遠くが見えません…眼を凝らせば遠方迄見えるし、急に振り返っても背後に布団が有る訳でも無いので、矢張り夢とは違うなぁ…なんて思い乍ら歩いていると、急に目の前に空気の塊の様な壁が立ちはだかりました。


何だ此の壁…と思い乍ら両手を突き出すと、固いと思っていた壁の中にニュルッと言う感じで両掌が吸い込まれる様に呑み込まれて行ったのです。

「あぁ、通り抜けられるぞ」としか思いませんでした。

本来なら、此処で"あぁ、やっぱり夢か"と思いそうなものなのに、"夢"と言う考えは、今度はすっかり頭から抜け落ちていました。

ズブズブと言う感じで両腕が、次いで斜めに壁の中に差し入れた頭部が…首…肩がそして上半身に引き続いて右脚が左脚が…スッポリと壁の中に入り込んでいました…と言うよりは、寧ろ呑み込まれて仕舞った感じでした。

ところが、入り始めた時はちょっとした薄い壁と思っていたのに、伸ばした両手を動かす事も出来無い様な感じで、壁の端に両手が届かないどころか、身体全体が真っ暗な空気の壁にすっかり覆われ二進も三進も行かない事に気が付いたのです。呆然と立ち竦んでいると、空気圧がジワジワと強まり、潰されそうに成りました。狭い穴蔵に閉じ込められた様で、少し息苦しくさえ成って来ました。

実際、身体がペシャンコに成って行く感覚でした。顔が手が身体が一ミリ位に成った感じが仕舞す。

三次元世界なら有り得無い感覚です。

潰されペラペラに成って空気の壁に挟まれているなんてトムとジェリーの世界です。然も、僅かに狭い穴の中で蠢く様にちゃんと身体の感触は普通通りに動いている様でした。

突然、背後左肩側から「早く進め」と言われた様に感じ、何も考えずに慌てて壁を押し分ける様に進み出しました。


今思えば、言われた言葉に何の疑念も持たず、素直に言葉に従って進み出した事が不思議と言えば不思議な事でした。

今と成っては、起きていた事が、どんな事なのかは良く解る様に成りましたが、当時の僕には只々戸惑うばかりの不思議な世界の出来事としか思えませんでした。

中学か高校生の時の記憶です。何十年も前の事なのに、細部に渡り画面が浮かび、感覚迄も恰も一週間位前の事の様に鮮明に思い返す事が出来るのは、紛れも無い真実の霊体験だからなのです。

中化神龍師は仰せでした…

「本当の神霊現象と言うのは、霊体の奥深くに刻み込まれるので、決して忘れないものなのだ。夢として体験した現象でも、何年経っても望めば直ぐありありと眼前に蘇るからな。其れで本当の霊体験だったと解るぞ」と。


暫く藻掻き乍ら歩いていると、伸ばした手の先に押し付ける気配が消えると、不意に目の前が開ける様に、別の空間に放り出されました。

下方に広がる砂漠が薄暗い世界に何処迄も続く世界が突然現れました。何と空中に浮かんでいました。

まるでスーパーマンの様に両手を伸ばして、風を切って飛んでいました。風が身体を過る音が耳を打ち、髪の毛が煽られます。飛び乍ら身体を回転させ、背後と上空に眼を向けると、其処には闇が広がるだけで、今し方必死に抜け出した空気圧の壁も見当たりませんでした。

両腕を腰の辺りに…丁度、普通に立っている状態の儘飛んでいると徐々に下降して行った様で砂漠がどんどんと近付いて、飛んでいる速度も落ちて来ました。

軈て砂漠の上空五十センチから1メートル位の距離を砂地に沿ってゆっくりと飛び過ぎています。

誰かが少し背後の上を並走する様に飛んでいる事に風止(ふと)気が付きましたが、どう言う訳か背後を見ようとしても、身体は下を向いた状態から動かす事は出来無い儘飛び続けました。

暫くそんな状態の飛行が続くと、何か見えて来たのです。

夥しい草の束の様なものが砂漠一面に生えている場所が眼下に広がっていました。


「良く見なさい」

不意に声が響きました。

其の声に促され良く植わっている草や棒杭を見詰め直すと、なんと…枯れ枝と見えしものは砂漠から突き出た腕や脚なのです。

腕の先には肘からは右掌や左掌が付いて蠢いていた…其の手が葉が揺れる様に揺らめいている。

掌だけが砂地から飛び出しているものも有る…皆ユラユラと揺れ動いている。

まるで風に葉先が揺れる様に、何と無く「おいで、おいで」と僕を招く様にも観える様で、ゾッとしつつ蠢く掌の林を見詰め乍ら掌の林スレスレに飛んでいました。

砂地の中には体が在るのは明らか…頭からすっぽりと埋まっているのは確かです。

左手だけを突き出している者、両手をバンザイする様に突き出している者と有り、時折腕に混じって脚だけを突き出している者も居ましたが、理由は分かりませんでした。


其れは恰も、先刻、僕を包み込んで闇の中に封じて仕舞った空気の壁が砂に変わっただけの事と何と無く同じ様なものと感じ乍ら…頭からすっぽり砂に覆われて、腕から先だけが外に飛び出しているのだ…なんて酷い仕打ちなんだろう。

風にそよぐ様に、時には見えない世界から助けを求める様に、まるで此方を誘う様にさえ観える掌と指の動きに、戦慄を覚え乍ら…眼を逸らす事も出来ずに見下ろし乍ら、掌の畑のほんの僅か上を、俯せの状態で飛んでいるのです。

一体何処迄続くんだろうと思った時に、又声が静かに厳かに響いて来ました。

「良いか。此の世界を忘れるで無いぞ。いいな」と。

又、圧迫感が襲い、突然…目が覚めました。

部屋の中、蒲団の中で天井を見詰めていた事だけは覚えていますが、夜だったのか朝方だったのか何一つ覚えて居ません。本当は中学か高校か大学生の頃だったのかも覚えていないのに、夢(?)の中味だけは鮮明に覚えているのです…つまり霊的事実だったと言う事なのですが…。


僕が連れて行かれたのが地獄だったと解ったのは、其れから何十年も後に成ってからでした。

中化神龍師とお逢いして、更に一年も経って中化神龍師に霊界の実相を漫画化して世に知らす様に…と、御命じを給わり、当時は門外不出とされていた稲津先生の地獄探訪記を読む様に言われ、其処に眼を通した時に始めて自分が見せられたのが何処で在ったのかを知った訳です。

そして白日様に斎場の場で、こうも言われました。

「お前が地獄を漫画化する事に成ったので、門外不出が解かれたと言う事の意味を噛み締めよ」…と。僕は「はい」と応えて深々と平伏した事を昨日の事の様に覚えています。


公開の許された記録『地獄』の中で、探訪者であった稲津先生はシアンスガイドの平清宗公に案内された形式主義者の棲む地獄の一つで、此の様な場所を見せられていました…硫黄の白煙に似た悪臭漂う砂利道を進んで行くと、突然一面黄土色に塗られた砂丘に出たのです。

"恰も夕陽の沈む茫洋とした砂丘の果てしない彼方に、何か途方も無い広大な広がりが殺風景な砂山の一片を通して心許無く映って来る。真っ黄色の砂山に枯れ木の茂みかと、目をたじろいで一点を凝視して驚いた。

人間の手が、脚が地面を突き抜けて立っている。

まるで湖面に繁る葦に似て、数十本いや数百本も生えているのであった。

胴体も顔も手足を除いて、総て土中に埋もれている。

砂だらけに成った真っ黒な手足が、所々に瘡蓋(かさぶた)を作り、黄色い夕陽にぼんやりと投影されて薄気味悪い。

辺りは荒涼とした砂漠…"と記されていました。


空恐ろしい手足の埋め込まれた林の広がる砂丘が一体何だったのかと言う永年に及ぶ疑問を解いてくれたのは清宗公でした。

後程、稲津先生にお逢いした折に、僕を地獄迄連れて行ってくれたのが、僕の主護霊だった事も教えて貰い、あの不思議な体験の全体像が観えて来たのです。左側肩の上辺り…つまり左側の背後が全て主護霊達の定位置なのです。

あの空気の壁が次元の壁と言う事も解りました。

実は次元の壁と言うか、次元を潜り抜けると言う経験は、中化神龍師と御逢いしてからは神社にお伴いさせて戴いた時にも、稲津先生と参拝させて貰った時等に屡々味わっている訳なのですが…。

丁度深海に潜った様な、或いは空気の薄い高山や上空に急激に昇った様な、耳を顔を圧迫する様な感覚で、ちっとも慣れる事は無いのですが…。


清宗公が其の場所が何処なのかを稲津先生に御説きに成りました…

「茲は外道宗教の堕ちる處です。現世利益の外道宗教も小乗教的我慢会もヨガ健康法等と言う紛(まが)いものも、総ては人間の持つ形式主義の満足であって、霊界に於いては魂の浄化とは全く関係が無く、寧ろ邪悪を造り重ねて来ている事がお解りくださいましょう。

哀れにも彼等は死後に迄、或る者は小羊と成って、強烈な力を持つ動物霊の虜と成り、脅され続けて恐怖の余り、決して安穏とした霊界生活とは成っておりません。

現界ではたった一度の生命を奇妙な屁理屈に誘われて安心した挙句、下手な精神統一の末、邪霊や魑魅魍魎の棲家に使役されて、人の魂の霊的修行の妨げに成る実例は此の外道宗教の悪態であって、百害あって一利すら有りません。


世の無知蒙昧な人を相手に操る神様ブローカーの醜い姿も然る事乍ら、《騙され続ける者に於いても如何に罪深いものか》…つまり、《人間の心理的弱点『形式主義』こそ最も引っ掛かり易い人生の哀しみ》なのです。

霊界に此の形式主義が如何に何の役にも立たないものか…」と、諭されました。


僕の主護霊殿が危惧成されたのも此の一点であったろうと合点するのでした。

恐らく何も知らずに、其の儘の生活態度と生活習慣を続けて行けば、多分御多分に漏れず僕も興味半分で宗教に手を出し、外道宗教の一翼を担う事に成る事を察知した主護霊が、大神の許可を得て外道宗教の地獄の一部を見せて下さった事であったのでしょう…。