
今、吾は祭場を調え神霊の籠もる神籬を供えて神を祀ろう。
祗(つつし)みて天津神、国津神、八神々(やつはしらのかみがみ)を鎮祭し深遠幽玄なる尊き神慮を伺い御教えを庶幾(こいねが)おうと…明な世の為に…。
師は神明を崇敬し神祇奉斎の尊さを身を以て夙(つと)に示されて行くのであった。
普(あまね)く輝きつつある斎庭(ゆにわ)に在って、高く尊き天之日子穂々出見之大神畏(かしこ)みて、拝(おろが)む心は、居ます神に皇国(みくに)平らけく安らけしと神々と共に拝(おろが)みて、神々と共に輝き給う。
掛けまくも畏き天照大御神の大前を謹しみ敬い拝み奉る。
天津神の定め給いし皇国(みくに)。
神々の御稜威(みいず)に拠りて成りし祖国(くに)。
今、神々の御心に添い奉(たてまつ)らんと葦原の国の榮を祈りて、有難く懐かしみて神思う心根の麗しき清明心(あかきこころ)携えて玉ち這う随神の道を往く我が師。
《神は多神にして一神、一神にして多神》。
天津身光日乃大御神(天照大御神)光玉燦然として輝き天忍穂耳尊·天津日高彦彦火瓊瓊杵之大神·天之日子穂々出見之大神·木花左久夜毘賣之大神·石長比賣之大神·豊玉毘賣之大神·玉依毘賣之大神·天津神諸々之大神·国津神諸々之大神と。
神集いに集わし給う神々の祭祀。真(まこと)貴く神々の開きし奇しびなる大神集いに参謁(さんえつ)せる我が師。其処は光の湖(うみ)。
光々と輝く祭りの庭に、師は神々を斎き祀り神人合一の極み有ら示めらるる。
師の祈りは神なる祈り。
神の任意(まにま)の祈り。
君が代を祈る心の真(まこと)の祈り。
師、神を祀り。神、師を祀る。
師、君をまつろい、君、師の祀事(まつりごと)を見行(みそな)わす。
然して師、神に人に祭り事を申し示して曰く…
「…天乃下爾波国多加禮抒神漏岐神漏美乃産成志坐世留大八洲国爾生禮出傳…」と、朗々と神界に木玉す祝詞…。
畏れ乍ら…師の祝詞は宮中賢所に於いて奏上成される大御心。
古来伝承され来たった尊い祝詞…師の言挙げされる言霊の輝きに見惚れて『光一元の教え』をひたひたと味合う時、輝きは師の霊流を突き抜けて、明らかに天之日子穂々出見之大神様へと達して行く。
皇国の彌栄を唯一筋に願い、感謝を捧げ、己が天命を御国に捧げ奉らんと一重に願われる。
たった一つの光りが大神集いを照らし切る。
其の光に照らし出された天神地祇(あまつかみくにつかみ)の威厳に充ち満ちた礼貌(れいぼう)の清々しさ。
「水光瀲灔晴偏好(すいこうれんえんとしてはれひとへによし)」の感。
恰も"晴れ渡る湖面に反射する陽光の輝き"を観て光芒の神集いを拝し奉ったのである。
神々集いに集い給う。斎庭の中程、玉垣を巡らせた神座は常盤木であろう。
神(かん)なびに神籬立てて斎(いわ)い奉る皇祖神霊の御降りを寿ぐかの様に簡素に立てられている。
其の祭壇を中心に跪坐(きざ)成された天津神々が同心円の右側に位され、衣冠束帯、笏を御手(みて)に、白衣に帯刀召され、神々の大輪の半円形を占められている。其の数凡そ数百柱。
正に壮麗の輝く神々である。
左の半円形に、ほぼ同数の国津神々が弓状を成し、地方(おくに)の御衣裳にて麗しく飾られ同じく跪坐成されている。
寧ろ壮勇勢いに溢るる偉観、士君子の風韻を備えられた神々である。
斎庭を囲繞(いにょう)して辺りは仙境を思わせる雲間に霞む御殿(みあらか)が、山水の水墨画を想起せしめる山懐(やまふところ)に点在している。
其処は峻遠(しゅんえん)ではあるが、ヴァティカン·サンピエトロ寺院を思わし、孔子廟を思わし、ラマ教寺院を思わし、佛教寺院の大堂伽藍を連想させてくれる外国神霊の御殿であろう。
師の神集いへの参賀は気高く尊い神々の宮居に、神ながら神寂びに斎き奉らるる使命を帯びて、現界·霊界を貫き神界に達しておられる。
師の直毘は此の神祭りを一層鮮明に映し出され、稚拙な私の霊眼を庇(かば)われるのであった。
今の今迄、雲間に霞んで見えた山裾から松明(たいまつ)の火炎がメクラメク燃え上がった。
軈て炎は神祭りの庭を囲繞し太鼓の響きと共に躍動する神々の生命に点火した。火明(ほあ)かりに浮き出された面差しは、天仙地仙または国土を守られる四十八天狗に依る神祭りの前哨であった。
笙·篳篥に笛の音が、時折響く箏(こと)の絃。
薫りゆかしき香の快。雅び彩る御神楽の舞。
一際明るい神々のオーラが祭壇を囲んで、光背は辺り一面に放曠(ほうこう)している。
―以下つづく―