「第25回夏季デフリンピック競技大会
東京2025」
終わりましたね。
参加国は約80の国・地域
選手数は約3,000人
競技数は21
東京都、福島県、静岡県で開催されました。
100周年25回目で、
日本初開催でした。
ボランティアは募集約3,000人のところ、
18,000人を超える申し込みがあったと聞いているので、
倍率6倍だったようです。
私の配属先は『東京都(大島)』
私はてっきり、
大阪の都島とか堂島とか中之島のように、
陸の中にあると思っていたのですけれど、違いました。
伊豆大島。
つまり東京からさらに、
船や飛行機での移動になります。
しかも会場名は”裏砂漠”。
日本に砂漠なんてあったんや・・・、
とびっくりしました。
行われる競技は『オリエンテーリング』
地図とコンパスを使い、
指定されたチェックポイントを
順番に回って
ゴールまでの時間を競うスポーツで、
体力だけでなく、
地図を読み解くナビゲーション能力や、
状況判断力が求められます。
オリエンテーリングの参加国は
男子が17か国。女子は12ヵ国。
約70名の選手でした。(大会資料より)
ボランティアの業務内容としては、
案内・誘導、VIP対応、
選手団乗降場整理、メディア対応、
表彰式対応、シャペロンがありました。
私はその中で、『表彰式対応』と、
耳慣れない『シャペロン』に
配属されました。
シャペロン(ボランティア数名)とは、
競技後のドーピング検査のために、
競技が終わったあと、
対象となりうる選手の目視、
対象となった選手への通告、
検査室への誘導、
検査が終了するまでの付き添い・監視。
すぐに結果がでる競技と違い、
オリエンテーリングは
時間差でスタートすることもあり、
結果が随時入れ替わるので、
選手たちの順位も入れ替わります。
気づかれないように監視するとか、
インカム無線機で交信するとか、
できるだけ人がいないところで
こっそりと「Doping」
と書かれた黄色い札を見せて
通告(あなたがドーピング検査対象に
なりましたと選手に伝える)をするとか、
刑事さんみたいな動きで
慣れなさすぎて、相当挙動不審。
対象となりうる選手に
気づかれないように後を追うのは、
本当に大変。
そして通告。
「あなたがドーピング検査の
対象になりました」と伝えた時に、
気持ちよく応じてくれる選手もいれば
「なんで私やねん(多分そう言っている。)」と
不機嫌になる人もいるし、
選手にとっても初体験だとしたら
きっと不安な気持ちになる方もいる。
通告は嫌でしたね。
職務の重要性と、
あまりに不慣れな内容に、
1日目はどっと疲れました。
そして活動中、
対象の選手から目が離せないので、
誰とも話せなかったのが
(手話だから、誰かとしゃべると
目を離してしまうことになる。)
とても残念でした。
できれば応援、サポートする部署で
活動したかったですが、
ドーピング検査も
大会運営においてはとても重要な任務。
貴重な経験をさえてもらえたと思います。
ちなみに私が担当した選手は
とても気持ちよく通告にも応じ、
とても協力的に対応してくれました。
ありがたかったです。
2日目は表彰式対応(ボランティア2名)
メダルや副賞の数量確認やセッティング、
選手達に渡すメダルケースの準備、
選手の誘導、ベアラーの役割です。
ベアラーというのは、
メダルや副賞をのせたトレイを
表彰式の際に表彰台まで運び、
受賞者に渡す役目の方(プレゼンター)を
サポートする役割です。
ベアラーは、
あまりにこやかすぎてもいけなくて、
基本的には歯をみせず
微笑む程度がいいとの指導。
個人的に私は、
真顔か、満面の笑みしかできず、
その中間がとても苦手です。
真顔か満面の笑みか
究極どちらがいいですか?
と運営の方に質問し、
困らせました。笑
結局、務めて微笑みましたが、
笑うどころか
選手たちの努力や想いを感じると
感動で泣きそうになり、
わたしが困りました。
この日は秋篠宮文仁親王妃紀子様と
ご長男の悠仁様が
会場に来られました。
紀子様はオリエンテーリングの大会に、
プライベートで参加されておられるとのこと。
また手話で、選手や大会関係者、
ボランティアの人たちと
会話されていました。
私は遠くに立っていたのですが
手を振ると
「ご苦労様です。ありがとう。」と
にこやかに手話で
言葉をかけてくださいました。
離れていても通じ合える。
手話の魅力そのものを
紀子様と経験させていただいたことも、
感動の1つでした。
大島の魅力はこの次の記事で^_^


