「思い込み」には良い点、損する点がある

 

 

思い込みによって、救われることもある。

その逆もまた然りで、足元を掬われたり、損することもある。

致命的なミスとなることもあるだろう。

 

人間は損をしたくない、損を避けたいという願いが強い。

 

そのため、関わる相手に疑問を持つことで、心のシャッターを下ろす場合さえある。

 

確かに、それで救われる、助かることもあるだろう。

しかし、本当にそれでいいのだろうか?

私は自分を振り返ることがある。

なぜなら、自身の思い込みによって、誤った解釈や判断をしていることがあるからだ。

 

 

たとえば、信用していた人が何かしらのミスをしたとしよう。

その場合、「人為的・故意的」なのか「偶発的」なのかを考えるだろう。

今まで信用関係があった方ならば、私は話を聴く。

騙そうとしたり、悪意があってしたならば、それで人間関係は終了で仕方ない。

 

しかし、そうでない場合もあった。

 

相手が思っていた解釈、思い込み、いわゆる「前提」が、

当職のそれと合わないということがあった。

 

 

話しあうことができ、当職も解決した事例がある。

そのような状況になるには、信用関係、別の言い方をすれば「信用残高」を残しておくことが必須なのであろう。

 

相手と話し合える余地を常に残しておくことは大切だ。

自身の思い込みだけで、この後の関係性を終わらすには勿体無い。

一期一会、大切にしたい(^^)