
こんにちは〜
前回からのつづきです。
良かったら読んでいって
くださいね♬
この日は、ポカポカ陽気で
羽織るものもいらないくらいでしたが
脱ぐと荷物になるから
意地でも着てました。笑
めちゃ汗かいたわ…(;´∀`)
熱田神宮さんに到着すると
前回と同じところで神鶏(しんけい)さんが
お迎えしてくれました

光がさして神々しい

こちらの黒い烏骨鶏さん、
めちゃくちゃ凛々しくて
わたし大好きなんですよ。

↓以前、撮った画像がこちら(笑)
北斗の拳のラオウの佇まい。笑
神鶏の由来は…
天照大神が天岩戸に隠れて
世界が真っ暗になったとき、
外で鶏が夜明けを告げて鳴き
太陽を呼び戻すきっかけに
なったことから
「太陽を呼ぶ鶏」と神聖視され
太陽神を祀る熱田神宮などでは
「神鶏」として
飼われているのだとか。
(AI調べ。)
毎朝、わたしの太陽も呼んで欲しい~( ´艸`)
前も書いたかもしれないけど…
わたしは、
動物たちは「いまここ」を
完全に生きている存在で
この世で最も心と魂と精神の
バランスが整っている生命だと
思っています。
人間は、「考える力」や
「創造する力」を持った分だけ
心・魂・精神のバランスを崩し
やすいけれども、でも、近くで
動物たちがその“原点”を教えてくれる。
私にとっては、本当に
心癒される“友”だな~

ありがたやありがたや
この日の熱田さんは
わりと空いていました。

奥で膝ついてる方、いきなり
シュタ!ってかがむから
“視えない殿様”でもお迎えするのかと
思ったら、写真撮ってるだけだった。笑
どんな妄想だよ・・・。笑
ところで、みなさん
「樹冠疎開」(じゅかんそかい)って
知ってますか?
密に生えている森林の中で
隣り合う木の枝や葉の先端部分が
互いに接触しないよう
一定のスペースを空けて
成長する現象のことなのですが
とりわけ仲間を思いやる木々が
日光の光を分け合えるように
まわりの仲間を気遣っているんだって。
意味を知ったら更に好きになった♬
こういう仲間と共に生きるための
ちなみに、離れた木々たちとの
コミュニケーションは風を使って
お話したりするみたいなんだけど、
私はその長老的存在が
こちらのご神木だと思ってる。

長老、今日もご立派ですね!

実は、この長老のコブって…

とか想像してみる。
みんなのために蓄えてるのかな~(*´ω`)

どうかいつまでも
お元気でいてください
さて、そろそろ本殿へ。
やっぱり平日でも
けっこう人がいますね〜
とはいえ、空いてる方なのかな?

ご挨拶とこの8カ月の間に
起きたことなどを
ブツブツブツとつぶやいて
(今年一年のお礼は言い忘れたけど!)
一通り話し終えたら
少し離れたところで
空を見上げてみると…

龍(の胴体部分)みたいな雲が
素敵だったのでパシャリ。
こちらも雲が、じゃなくて
雲の中にある青空が
狼さんぽくてパシャリ。

そして、熱田神宮の神々様に
何回か繰り返し唄っていたら
不思議なことに だんだんと
本殿前の人だかりがなくなっていって
一瞬だけ人がいない空間に。
奇跡の写真✨

スマホ操作が遅くて
シャッター押すタイミングが遅れて
実は、隅の方にちょぴっと
人が入っちゃってるけど(笑)
ちゃんと
聞き届けてくださったという
サインなのでしょうか。

帰りの参道では、カラスが
お見送りしてくれて、ついでに
ピチャピチャ水を飲んでる様子。

お見送りありがとね~
そうそう、これ知ってる?

1982年(昭和57年)に
名古屋眼鏡商業協同組合が
創立60周年を記念して建立したもの
らしいです、が詳しいことは
調べてみてくださいね。笑
あ、全然深い意味はないんだけど(笑)
少し前に知人から土偶があるんだよ
って教えてもらっててね。
でも、詳しい場所は聞かずに
いつか偶然見つけられたら
嬉しいなって思っていたのですよ。
で、カラスのお見送りを見届けて
八剣宮へ寄ろうかな~って歩いてたら
なんか視線を感じて、
そっちの方を向いたら
土偶いたぁぁ~〜!
ははっ
そんな繋がりが嬉しくて
記念にパシャリ。

でで~ん!
宇宙人説あるの、なんかわかるな〜(笑)
というか、小さな見習い眷属さんとか
宿っていそうだね。
帰る前に、八剣宮に寄りました。

・・・突然ですが
最近、あることを切っ掛けに
自分の信仰心について
見つめ直していたのですが
みなさんは、考えたことありますか?
私にとっての神様は
高次元の領域にお住まいになり
本当の意味での成長をサポート
するための助言やヒントを与えてくれる
ありがたい存在です。
守護霊やご先祖霊なども同じように思っています。
けれど、そういった存在に
救いを求めるその心には
自分に能力や才能がないことや
自分の弱さを前提とした・・・
自分への否定や不安・恐怖から
目を背けたい気持ちが
根底にないだろうか?って…。
もしそうだとしたら、
私が信じている高次の存在は
本当の意味での信仰ではなく
ただ“安心を得るための拠りどころ”
としているだけなのかもしれない
ということ…。
それを悪い事だとは思わないけど
いつまでも自分の弱さから目を背けて
“依存”してはいないだろうか…?
本当にこのままでいいのかな?
それが信仰といえるのかな?
…そんなふうに思ったのです。
そして振り返ってみると…
そもそも私は、
信仰したいんじゃなくて
ただ成長してゆきたいから
信仰しているんだった、
ていうことにも気付いたのです。
それなら・・・
きっと自分の内側にある神性に
完全に身を委ねることができた時
自分の外側に向ける信仰は
いつか必要なくなるんだと思う。
とはいえ、
今の私にはまだまだ難しいけど…。
そんなふうに悩んでモヤモヤして
また神様を頼ってしまう自分が
なんだか不甲斐なく思えて・・・
実はこの日の参拝は、
少し元気がありませんでした。
それで、帰る前に立ち寄った
こちらの八剣宮で、私はしばらく
呆然としていたのですが…
後からいらした参拝客の二人組が
手を合わせている時に、
「開けてください、開けてください、
開けてください、開けてください」と
神様に何度もお願いしているのです。
なんのことかな?
と様子を見ていたら、その時
神様が神前幕(白い布)を風で
ひら~と開けてくださったようで
「ほら、開けて下さったよ!」
って、とても大喜びされていました。
そこで、未熟者の私は一瞬
“え、そんなことをわざわざ
お願いする人もいるんだ~”って
他者の祈り方を評価しようとする
自分にハッとしました。
その直後に、ふと、自分も神社に
通うようになったばかりの頃は
歓迎のサイン1つで一喜一憂していた
時期があったことを思い出して・・・
それと同時に今度は
“人それぞれの段階がある”
と本殿から聞こえてきたので
あぁ…確かにそうだな・・・。
と腑に落とすことができました。
どんな信仰心にせよ
“神様がいる”という証があれば
その人が前進・成長できるなら
その想いに応えよう。
そのような神様の優しい配慮の
裏にある本当の意味を、
この日私は初めて知ったのでした。
てか、それをこのタイミングで
教えてくださる神様はやっぱり
かっけぇし、すげぇな…!って
思わずにはいられないのよ、私は。
でも、本当にそうだよね…。
信仰の成熟プロセスは
それぞれにあった速度や段階があるから
焦らずに進めばいいんだよね。

ありがとう~神様ぁ~~!
信仰心が凍結するところだった~💦
よし、帰るか~!
って鳥居に向かったら

ハトも好きだから嬉しい!
そっぽ向きながら
「気ぃつけて帰りや~」
って感じがツボる。

今回の参拝は、
と~っても勉強になりました。
この気付きがどなたかの
参考になれば幸いです。

【余談】
タイトルにも書きましたが
この日、私は…
8カ月ぶりの電車でした!笑
いやぁ~自分でもびっくりしたけど
ほんと乗らないのよ電車。

で、久しぶりに乗ったら
めっちゃビビったことがあったの。
電車が名古屋駅のホームに
停車した時に一瞬、見えた光景が・・・!
たくさんの人の思考が
煙のように飛び交いながら
それぞれのオーラとも重なりあって
とてもゴチャゴチャしていたのです。
見てるだけで息苦しい光景だった・・・

AI画像生成 (実際はもう少し酷い!w)
視えてから激しく納得。
だから、こういう中を歩くって
すごく疲れることなのよ…!

想像以上に思わぬ
影響を受けているのだなって
思った瞬間でした。
今日も最後まで読んでくれて
ありがとうございました。
みんなの地球生活に幸あれ~!

鳳 茜