モッコウバラの季節は終わりましたが、
今の写真を貼れないためw
少し前の写真を引っ張り出してきました♪
あ~光が丘も
昼間は暑くなってきて。
おまけに蚊も大量発生しているようです(;'∀')
まだ同じ5月!
それなのに、風景が変わったこと?!
時の流れが速いですよね。
さて。
17日、日曜日は
娘の家族と一緒に居酒屋さんで食事をしました(*'ω'*)
呼び出した名目は
「この前の母の日の招待をありがとう! お礼にご飯食べない?」
…というものでしたけど。
主人と私は「娘の旦那さん」を励ます気持ち満載でした(笑)
言葉では言わなかったけど。
意図はきっと伝わってるよね。
「いつも一緒だよ」と、心で伝えて
酒を酌み交わす。
(ちなみに私は烏龍茶)
酒飲み3人はだんだんペースが上がってくる。
旦那の愚痴も出る。
「そりゃ大変だな~💦」とパパ。
建築関係の材料が手に入らないことは
ニュースでもワイドショーでも取り上げられてる。
十分知ってはいるけどね。
「うん、うん、そうか…」と話を聞く。
冷房が強かったし
Gちゃんが言った一言が
主人は嬉しかったと、あとで言った。
「お父さん、熱いの1本いってしめますか」
結局、
「クロスがなければ漆喰の壁と言う手もあるよね」と
私の意見も飛び出してw
そう。
うちもおばあちゃんの部屋の古い壁を
なんとか明るくしたいと頼んでいたのだ。
少し前に。
ホルムズ海峡の閉鎖なんて
ついこの前じゃん?
Gちゃん、
笑いながらポロリと言ったよ。
「すーっと消えたくなる時ありますよ」
これ、本音だと思う。
随分痩せたように見える。
家族を愛しく思えば思うほど
辛くてたまらないだろう。
この日本に今、
たくさんいる。
辛いかもしれないけど
「一寸先は光!」とははせくらみゆきさんの言葉。
先のことは分からないけど、
この先が「闇」であるとは決まってはいない。
戦後、日本は焼き尽くされた灰の中から立った。
家を失くし、家族を亡くし、仕事も失くしたけど
その復興はたくましく、目覚ましかった。
昭和20年に終戦。
その10年後に私は生まれて。
東京オリンピックが開催される頃には
カラーテレビまで売り出されるようになった。
町の電気屋さんの店先の
あのカラーテレビの鮮やかだったこと!
今では考えられないかもしれないけど
ご近所のカラーテレビをもつご家庭は
大人も子供も受け入れてくれた。
みんなで一緒に見た記憶がある。
懐かしい記憶。
そうなんだよ。
「何が起こるかわからない↓」は
「何が起こるかわからんよ~↑」なのだ。
未来は何も決まっちゃいない。
絶望するのはまだまだ早い。
勝手にわるく想像すると心も弱るよ。
あの戦後の日本人は
私の父、母の世代でもある。
「灰の中から蘇った火の鳥」は
血の繋がった先祖なのだ。
私たちもそんなに弱くないはずだ。
ひとりにならないこと。
ひとりにさせないこと。
それが大事だよね。
すべてはうまくいっています![]()
すべてにありがとうございます![]()



