山登りの話を書こうとしているのに
なんか書けないので放置中。
夏のリオオリンピックの閉会式。
日本のプレゼンがカッコよくていい感じだったので
パラリンピックも楽しみにしていたんですが
ずっと見ないままでいて
山登りに行った(笑)
山登りに行く前の日のブログに書いたことも
無意識に見ないでおく理由にしてたのかも、と思う
こういう時
流れ通りのタイミングって
単体じゃなくて
流れになってて
思った通りに行かなかったんじゃなくて
私がきちんとわかるように
正しい順番に並べ替えられているんだって思う
オリンピックや皇室のことが今年の夏は話題になっていたけど
陛下の『お気持ち』が発表された日
どこかの特番で今上陛下と障害者スポーツのつながりを知りました
第1回パラリンピックは1960年ローマ大会
1964年の東京でのパラリンピック開催はアジア初
当時日本では障害者スポーツ自体が全く知られていない頃。
当時皇太子だった今上陛下がパラリンピック会場をまわり選手たちを激励され
「このような大会を国内でも毎年行ってもらいたいと思います」
と述べられ
そのお言葉がきっかけとなり、翌年から毎年、国体にあわせて「身体障害者スポーツ大会」が開催されるようになったそうです
なにを言い出すのかと思われそうですけどね
50年前にそんなこと言ってもらえたみなさんがうらやましいなと思うんです
見守ってくださる言葉に
体を使うことに活路を感じたんじゃないかって
生まれる前の話ですけど
当時の精神障害の人達はどうしていたんだろうなって
見守ってもらっていたのかなって
そう感じられる世界だったのかなって
そうでなかったような気がして
うらやましいなって思っちゃったんですよね
いや、障害がある人達が大変じゃなかったなんて思いませんけどね
ま、それは今はいいとして
今回のリオオリンピックは
日本のパラリンピアンと障害者スポーツの環境ってどう変わったか
如実に現れてますよね
メダルの数、中継される頻度、閉会式でのファッショナブルでカッコいい
パラリンピアンや身体障害をもつアーティストのパフォーマンス。
うらやましいなって書きましたけどね
これって次は
目に見えない障害を持つ人の番だよね
って思うんです
精神障害だけじゃなくて
社会問題の枠に当てはめられちゃってる
ありとあらゆる人の番
(スポーツで言いうと
精神障害を基準にしたものって1つあるかなってくらいらしいんだけどね)
治療が必要な状況でなくても
相談できないとか我慢してるとか
社会的弱者って枠に入れられてると思ってるところから
大ジャンプ期待されている人達に向けて
次はキミたちだよ!!!
って言ってる!!
人とと違っちゃった自分を受け入れて
ファッショナブルにカッコよく昇華した人達が
リオで見せてくれてたな~って思うんです
なんでそう思うのかは
今後書いてく中でって風まかせなこともあるけど
自分がその枠に入ってみて
身近な人が枠にくくられて
その中の人達を見てきて
その枠から出て外からも眺めてみて
人を助けられる
すごい力がある人達
ここにすごくいるYO!!
殻を破る力に気づいたら
すっごいことになるぞ!!!
って思っていた。
本人かなり気づいてなくて
ねじれまくってたりするんだけどね
パラリンピックで見たような景色を
私が言うすごい力がある人達が実現するには
いろいろいらんもんに気づくとこからステップ・バイ・ステップだし
手放してく道程も短くないかもしれないし
勇気使ってジャンプが要る人もいる
まだまだ個別に乗り越えていくしかなかったり
理解されなくて決めつけられたりハードルも高いと思う
けどさ
日本はそうやって
次に次に
障害も災害もなにも受け止めて
クリアして見せる国
って気がしてね
クリアする機会が増える予感がして
気づいて動く人も増えて
加速する気がして
なんかワクワクする
2020年
どんなことになってるかな!
って期待してる
これ読んでザワザワして
イライラしてる
いま辛い真っ只中の人
先が見えなくて不安かもしれないけど
先がハッキリ闇無く霧無く見えてる人なんて
一人もいないから
安心して
自分でクリアしようと設定したこと
あるらしいよ
reborn2daysanime from HAPPY on Vimeo.