楽しくて仕方ない毎日を送るには、そして幸せになるには、コツがあります
←ドヤ顔
いろんなことを諦めることです。
良い意味で。
素敵で立派で完璧な人間になろうとすること。
私は、私の親はまともだと思うこと。
「私は親から愛されていた」と思うこと。
文字にするとすごく簡単そうですが、何十年も信じて頑張ってきた考えや信念を手放すことは、並大抵の努力ではできません。
というか、今までとは違う方向への努力をしなければならないんです。
諦める=明らめる
つまり
現実を認める
ということです。
2月末に離婚して、3月から実家に出戻ってきてから今に至るまで、このブログにもその断片は書いていますが、私はもうそれはそれはものすごい修羅場、山を越えてきました。
それでやっと今までしがみついてきたことを手放せるようになったのです。
つい2ヶ月ほど前には、虐待されていたことで母を責めたら、謝られるどころか鼻で笑われた上に鬼みたいな顔で掴みかかられて、小さい頃みたいに一瞬「殺される」と思ったし、とにかく言い訳しかしない父には「もうこの家とは縁を切る」と宣言しましたからね。
しかも父の日に![]()
それでやっと、
あー、この人たちほんっとにただの子供で、本当は親になっちゃいけない人たちだったんだ。
親として子供を愛することなんてできるわけなかったんだ。
そして、必死になってこの人達から愛されようとして、特に母親から完璧な人間になることを求められて、そんなことできるわけないのに今まで一生懸命それに応えようとしてきたから苦しかったんだ。
もう無駄な努力はやめやめ!
と、親のことを諦め、自分の人生を生きる決断をしたから、毎日楽しくて仕方なくて幸せになれたのです。
Nagiさんには感謝してもしきれませんが、本当は優しい人なのに私にモラハラをして、そして一人では寂しくて仕方がないのに頑張って私を手放し実家に送り戻してくれた元夫にも心から感謝しているし、自らの死をもって親が単なる子供だということを教えてくれた先日亡くなった猫、そして逆上して掴みかかってくるという狂気(狂気以外のなにものでもない顔でした)を見せて「もう私に頼るな!」と親離れをさせてくれた母、そしてとことんまで言い訳をして逃げようとする姿勢で「もうこの人にも頼れない」と諦めさせてくれた父、いろいろなことが絡み合って私はここまでこられました。
そして、何よりも、
私は絶対幸せになる!
と決意した自分のおかげ
だと思います![]()
