ココロのことを勉強中!ココです😊


私は物心ついたころには、

自分を変えたかった。

変わりたかった。


クラスの中にいる


明るいあの子、

お友達に囲まれるあの子、

笑顔の素敵なあの子、

おもしろいあの子、

おしゃれなあの子、


目立つ子や好かれる子が

すごく羨ましくて

そんな子たちみたいになりたかった。


私は大人しくて、もの静かで

全然違うタイプで


このままの自分でいたら

だれにも相手にされず、

孤独になると思った。



でもそんな簡単に

人が変わるわけがなく。



なれない私は

その輪にはいれないって思ってた。




誰も

あなたはみんなと違う

あなたは劣っている

だから仲間に入れないよ


なんてことは言われたわけでもないし、

仲間外れにされるような行動も

されてないのに


勝手にそう思って

自分で線をひいた。



そう、自分で線を引いて

自分で孤独になる状況を作っていたんだ



私の性格が大人しくてもの静かだから

輪にはいれなかったわけじゃない。


自分が自分を否定して

自分でその現実を作っていた



なぜ、大人しくもの静かな性格の自分のまま

では、クラスの輪に入れない、

お友達と仲良くなれないと思ってしまったのか



それはやっぱり、

自尊心が育ってなかったからだろう。

自尊心が、低かったからだろう。


例え、大人しくてもの静かな性格だって

自尊心が高く育っていたら


クラスの中で

目立つ子がいて

可愛い子がいて

おもしろ子がいて

明るい子いる中で

自分が大人しくてもの静かでも

みんなと同じく自分は素晴らしい存在なんだから

その性格が理由で

仲間外れになるなんて思わず、

自分らしく生きていけたはず。


自尊心が育たなかったから

自分は不完全で、欠けてる人間だから

自分の存在に不安がいっぱいで

学校という集団生活に入ったときに、


そのクラスで好かれている誰かのようになろうとしたり、その集団の中に合わせようとしたりしたのだろう。


誰かになることで、

違う私になれば、そこにいていいですか?

という、お伺いをしていた。


存在を認めてもらうために

誰かの真似をしたお伺い行動をしていた。


でも、

誰かをまねすることをうまくなんてできなくて

そんな私を拒絶されたら怖いから

初めから自分で線を引く。


先に自分から輪にはいらないを作る。


自尊心の低さが全ての生きづらさのはじまり。



その自尊心は、なぜ低くなったのか。


自尊心が、低くなったのは

本人のせいじゃないし、


自尊心が低くかったことで

生きづらい行動をしてしまったのも

本人のせいじゃない。


ただ自尊心が低いことで

過去たくさん損をしてきたのは事実。


今回の記事であれば、

自尊心の低さから

クラスの中で

自分の存在は劣っていると感じて

自分を変えようとしたけれどできず

自分で線をひいて

けっきょく楽しめなかった学校生活とかね。


子供時代の学校が楽しめなかったって

すごく悲しいことだし、ものすごく損


この損を取り返したくて

変わろう、変わろうと

機能価値ばかりを私は求めていた。


機能価値がついたら、変わったのか?

というと変わらない。



なぜなら自尊心は低いままだから。 


自分はそのままでいていい存在って

思えてないから。



機能価値がついた自分でも

自分はそのままでいていい存在だと

思えなかった。


機能価値がついても、

自尊心は低いままだった。


なぜ、機能価値がついても自尊心は

低いままなのか?について

次回、考えてみたいと思います。