体罰擁護は有り得ない選択 | 壱義流気功 創設者「小池義孝」公式ブログ

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治療家、作家です。異常反応の解体、愛05、固着した悪意の解体、先天的な左右の生命力差の解消など、世界で初の治療法を開発。著書は「ねこ背は治る!」(22万部)を始め、「知るだけで防げるうつの本」、「はじめての気功」など多数。台湾、韓国での翻訳版も。

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 体罰をしたからといって、必ずしも結果が悪くなるわけではありません。場合によっては、教育上、良い効果をもたらすケースもあるでしょう。

 けれどもだからといって、体罰を認めて良い理由にはならないのです。


 体罰とは何でしょうか?


 禁止 ←→ 肉体的な苦痛


 この二つを結びつける行為です。


 ここには理性的な納得はありません。痛みを連想するから、怖がって回避するようになる。躾ですらありません。


 つまり体罰とは、恐怖によって、その人の思考を縛る行為なのです。


 恐怖は思考を停止させる一つの要因です。

 恐怖は人から創造性を奪います。

 思考停止した操り人形、これが体罰の目指すところです。


 ただ体罰は、常に純粋な体罰であるとは限りません。

 そこに「信念」「愛情」といった異なる要素が加わった時に、化学反応をを起こします。

 結果として「良い体罰」なるものが誕生する可能性が、そこにあります。


 ただ考えてみれば、肉体的な苦痛は、果たして必須なのでしょうか?

 体罰の成功例は、体罰以外の要素の恩恵であって、体罰そのものの手柄ではありません。


 このような成功例を根拠に体罰を容認すれば、その陰で多くの失敗例を生み出します。

 教育という大義名分のもと、サディズムを満足させる目的で体罰が利用されるケースは容易に想定できます。

 愛情に溢れる体罰であっても、受ける側が繊細であれば、思わぬ悲惨な結果が待ち受けているかもしれません。


 体罰などというリスキーなものは、全面的な禁止が妥当です。

 成功例の存在をもって、肯定されてはいけないものなのです。
 

 

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