人生をあそびはじめたヨギーニ こだま けいこです
この間、疎遠になっていた…というか、距離を置いていた人を久しぶりにSNSの動画で観た。
その人が発する言葉、その人の声、その人の表情、向き合っている姿勢…数年ぶりに見た。
…あぁ、変わってないんだなぁと思った。
距離をとっていた分だけ、わたしにもあるように、その人にも変化はあるだろう。
だけど、奥にあるものは変わっていないんだと、動画を観ながら感じて、ジーンとあつくなった。
何かの出来事や、タイミングのズレや、思い違い、方向性の変化などから人との距離が離れていくことがある。
無意識的にそうなることもあれば、意識して手放すこともある。
わたしは意識をして離れていった。
その時何があってそうなったか、とか、気持ちはどうだったのか、とか、もはや掘り返しはしない。時間が流れてくれたおかげで、今は何とも思っていないし、あの時もしかしたら相手はこう思っていたのかもしれないと、何かの折に思い出す度に、相手の気持ちを感じる気持ちの幅がうまれたからだ。
きっとあの時、誰も悪くなかった。
そうすることしか出来ない状況だったのだ。
相手が変わった。
思っていた人と違った。
そういう目で相手を見て、評価をして、思ったのはわたし。
だけど実際は、相手は何も変わっていなかったのだ。
あの時、変わったのはわたしなのだ。
色のついた心で相手を見て、勝手にわたしの中のその人を作り上げていたんだ。
自分が変わるから、見える景色も変わるんだ。
そのことに改めて気づかされた。
起こること、出逢い、別れ、、すべてに意味はあって、その出来事があったおかげで、わたしは選択肢を広げて、さらに目の前の世界を広げることができた。
そうやって、日々起こる出来事や出逢い、別れを繰り返して、今のわたしがいる。
あの時何も起こらなかったら…あるいは、起こったとしてもその出来事を何もなかったように流していたら、わたしはきっと同じところに留まったまま、変化も進化もしなかっただろう。
そんなわたしは、一体どんなわたしでいたのだろうと思うと、少しぞっとしてしまう。笑
久しぶりにその人を見て、見ることができてよかったと心底思った。
その出来事からまったくコミュニケーションがなくなった訳ではないのだけれど、以前のように顔を合わせることはなくなっていたから。
その人からわたしは気づきや学びをたくさん頂いたのは事実で、今となっては出逢えてほんとうに感謝している。
あのタイミングで動画を観たというのは、偶然ではなくて、気づきのための必然だった。
