人生をあそびはじめたヨギーニ こだま けいこです
昨日まで
不安や恐れでモヤモヤしていたものが
今日は少し晴れてきた
内側が曇っているときに
ずっと部屋の中にいたら
余計に重たく暗くなっちゃうんだなぁ
今日は
外に出ることができたので
違う景色を見て、人と関わって
気分を入れ替えることができた
お金や仕事のこと以外でも
自分が感じる違和感やブロックって
小さいものからおっきいものまで
日常の中にはたくさんあって
いくつかのものが関係し合い
絡まり合って存在していたりする
ひとつのブロックを眺めた時に出てくる
感情や記憶、思いはいくつもあって
そこからさらに
どんどん派生して広がっていく
広がった先には
自分のこうしたいという気持ちがあって
何が心地良くて、心地悪いのかを知ることができたり、実は、あるいは、やっぱり、わたしってこう思っているのかと気づいたりする
最近感じていた
『真似をすること』への抵抗、ブロック
小さい頃の体験、記憶から
真似をしてはいけないと刷り込まれてきて
オリジナルでなければならないと思ってきた
・うまくいってる人の真似をすれば上達する、うまくいく
・うまくいってる人の真似をしても、自分の個性は消えない
そんなことは頭でわかっていたけど
『真似はダメ』という気持ちが
強くわたしの中にいて
誰かの真似をしている人を見ても違和感だった
そんな一方で
無意識に真似をしていたり
真似をしたいと思うわたしもいて
例えば歌手の歌い方や、漫画家の描き方を気づいたら真似ていたり
今学んでいるマントラだって、先生の音を聴いて真似から始めるのだ
真似をしたいと思う/真似をしてるポイントや、真似をすることに違和感を抱くポイントはどこに違いがあるのか、自分は何で判断しているのか、まだよくわかっていないけれど、
今日わかったことは
誰かの真似をする人への違和感というのは、
真似をしてうまくまわりはじめている人のことを羨ましく思ってるんだということ
そして、わたしが誰かの真似をしていると、人に知られるのが怖いんだということ
どんな目で見られるのか、人の目を気にしているわたしがいるということ
少しでも気づくことがあると、
わたしの場合は
あーー、そうだったんだ、仕方ないね
と納得して、他人事のように客観的になる
そうして少しずつ心を切り替えていく
真似をしても、しなくても
自分が望むものならどちらでもいいのかと
少しカチコチの枠が柔らかくなってきた
自分の人生なのに、人の目を気にして世界を狭くするのって残念じゃないかな
ダメと感じるものの枠をもっと外して
寛容に、自由に在ればいいじゃない
と、今書きながら
自分に話しかけている 笑
そして
ここ数日のどんよりの中で気づいたことは
わたしは
わたしの人生を豊かに創造していくことが
大前提としてわたしがこの人生で求めていくもの
それと同時に
わたしが提供するものや、わたし自身が
誰かの役に立てたり、力になったり
誰かの喜ぶ顔をみること
これも、大前提としてわたしがこの人生で求めているのだということ
誰かのそんな姿が
がんばる原動力になる
誰かのそんなキラキラしたエネルギーが
落ち込んでいても、やる気を失っていても
自分の中の明るさ、光を取り戻すきっかけをもたらしてくれる
人はひとりじゃ生きていけない
間接的にでも直接でも
必ず誰かと関わり合って生きていくのなら
お互いにいい影響を与え合って
気持ちのいいエネルギーを循環させながら
お互いに愛で満たしていけたら最高だ
わたしは、そんな愛の循環をうみだすひとりになりたいと芯から望んでいる
