こんにちは^^
夏休みラストを楽しむ旦那さん
に便乗して
昨日はカラオケへ🎤
いっぱい歌いました〜❣️
夏休みといえば
私は夏休みの宿題は
最終日に泣きそうになりながらやる人でした![]()
あなたはどうだった?
これね、毎年「来年こそは」
「今年の夏休みこそは」って
本気で思うんだけど
まじでできなくて![]()
![]()
それ自体は全然いいんだけど
私の場合、そういう自分を責めまくってたし
親がいないと動けない(と思っている)
依存気質だったのね。
(逆に言えば、そういう育てられ方をしたのだがw)
だからいま思えば、私にとっての夏休みは
1年の中で最も憂鬱な時間
だったと言っても過言ではない。
夏休みスタートして1週目は
ドリルとか漢字練習とか
自分で完結するやつ終わらせるでしょ?
ここまでは忙しいけどまだ平和。
やらなきゃいけないこと
なんだかんだやってるから。
これが2週目になるともうダメw
図工とか、読書感想文とか、自由研究とか
答えが決まってないものはほんと無理で。
それは
テキトーにやる、が
まじでできなかったから。
(他人の顔色伺って生きてたから)
だから、1ミリも手をつけず
でも頭の中では常に
「早くやらないと」って焦りを感じながら
ズルズル過ごす夏休み・・・
これがまー地獄だった![]()
ww
そうなってしまっていたのは
やるならちゃんとしたものを
作らないといけない
完璧に仕上げなければいけない
と
初めから行動のハードルが
とんでもなく高く設定されていたこと。
(これはそういう家庭環境で育ったことが大きい)
そして、それを超えるためには
絶対に親の助けがないと無理・・・
という無力感もあったから。
さらに
お母さん仕事で忙しそうだしな・・・
と、その親を頼ることもできない🤣
(そりゃ親の顔色伺いまくってたから)
「早くやらないと」と頭は焦るのに
そこに対する行動ができない自分を
毎日責めることにエネルギーを費やして
心はいつも辛かった。
そんなで、小学校の夏休みって
楽しかった記憶がほぼない😂😂
で、摂食障害になったのは
そこから15年も先のこと。
だがしかし
摂食障害になるための材料は
もうこの段階でほぼ揃っていた。
その負荷に耐えきれなくなったとき、初めて
摂食障害という目に見える形になったのだ。
だからこそ
摂食障害という病気だけを治しても
症状だけをゼロにしても
正直、意味がないのだ。
せっかく摂食障害になった意味が、ない。
私たちはそんなことを求めて
摂食障害になったんじゃない。
だから症状だけを治そうともがく人たちにとって
かんたんに治せないようになっているのだ。
いま、自分が当たり前のように持っている
こうあるべき考えとか、無力感とか
そういうのをちゃんと見る、疑っていく。
そうして
「自分の大好き」に決め直していく。
そうやって
私たちが本当にやりたかった人生を
ここから始めていくこと
安心して、本気で
楽しめるようになっていくこと
これこそが
私たちが摂食障害になってまで
心の底から自分自身に求めていたことなのだ
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