こんにちは♡
いま受講しているノート講座の中で
自分の本音に
自分自身が気付いてこう
という話があったんです。
たしかに以前は、自分の本音って
すごくフワフワしたものというか
自分の気持ちなのに、自分でも
なんだかよく分からないもの
だったなと思うんです。
たぶん小さい頃の方が
ハッキリあった気がするんだけど…
自分がその時々で
たしかに感じていたはずの1つ1つが
年々、奥の方に押し込められていって
いつのまにか、自分のものなのに
自分からも見えなくなってしまってたんです。
それは私が
自分の以外の誰かの価値観や
世間の常識、「こうあるべき」を
(自分の感じていることより)
大事なこと
だと思って取り込んでいたから。
自分の感じていることの上から
それらをポイポイ投げ入れていった結果
ふと、自分の中を覗き込んだとき
手前にある、自分ではない誰かの声を
自分の考え(本音)だと錯覚したのです。
パッと見、中に入っているもの(自分の本音)は分からなくて、クリーム(他人の価値観)しか見えないのと同じ。
そして、その誰かの「こうあるべき」に沿って
自分の人生を無我夢中で進めていったら
気づけば
自分ではない
誰かにとっての理想の作品
が出来上がっていた。
それはたしかに“すごそう”だったし
周りから「すごいね!」と言われるから
達成感もあって、その瞬間は嬉しかったり
満たされたような気持ちになったりする。
なんだけど
やっぱりどこか虚しい。
👆
これこそが自分の本音だったのに
当時はそれすら分からなくなっていて
もっと頑張れば
もっと結果をだせば
もっと幸せになれるはず!
そう信じて
動けなくなるまで、自分を走らせ続けたんです。
そうして自分を
誰かの価値観に沿って働かせるほど
心はカラカラに渇いていく。
それを潤すには
他人の評価だけでは追いつかなくて
物質的なもので補おうとするけれど
それでも間に合わなくなった。
最終的に
「なんで生きてるんだっけ…」
と生きる気力まで失いかけたとき
何かがおかしいと感じ、飛び込んだのが

