生きるのがなんとなく辛かったり、苦しかった頃の自分がよく思っていたこと👇
「私はどうしたらいいの?」
「誰か教えてよ」
なぜそう思っていたのかというと
私ではない誰かが
正解を持っているはずだ
って、強く信じていたから。
だから、ずーーっと自分を見ないで
いろんな「すごそうな人」の話ばかり聴いてたんです。
そうやって頭で
「これならいけそう!(これが正解だ)」
と思ったことを採用しては
結局それがうまくできなかったり
続かなかったりして、苦しい…
(そして、毎回うまくいかない自分を責める。数年前までは、それを他人のせいにもしていたり💦)
を繰り返していたなーと思うんです。
「自分の外側」に正解を求め続けていたから
世間的にうまくいっているように見えるときでさえ
言葉にならない違和感があったり
生きていて、どこか息が詰まるような感覚や虚しさがありました。
これ。いま思えば「そりゃそうだよ」な話で😂
私がどう感じているか
私がどうしたいか
こういう自分の意見を、いつも一緒にいる存在(自分)から一切無視されて
真逆のことを「こっちが正しそうだから!」って
グイグイ押し付けられたりされていたのだから💦
そんな酷いことを自分からされていたから
ああ、そうですか。あなたは私のこと大事じゃないんですね。
って、自分はそういう自分の残念さに拗ねていたんだと思う。
それが、生きる苦しさや虚しさになっていた。
現実では
鬱や摂食障害みたいなメンタルの不調だったり
借金のようなお金の問題だったり
からだの痛みだったり
そういう自分が望まない状況になっていた。
だって
大事にしてくれない自分の願いなんて叶えたくないもん。
もし叶えちゃったら、自分はこのまま自分を見てくれない。愛してくれないまんまだから。
そんなん悲しすぎる!
ムリ。断固として拒否!!
って思うから。
望まない現実や、そこで感じる自分の苦しさは
私を見てよ!気付いてよ!
大事にしてよ!!!
という私から私に向けてのSOSだったのだ。
もしあなたが今、あの頃の私のように
外側に正解を求めて、現実が変わらないことに悩んでいるのだとしたら
まずは、自分不在の人生を進めようとしている自分の苦しさに気付いてあげてほしいです🤝💗😌


