前回の補足です




このような話をすると


当たり前だけど

いろんな“受け取り方”をされる。






卒業に向かう人は


“自分事”として捉えるし





まだ摂食障害が必要な人は


“他人事”として




例えば、読まれた方が「お母さん」である場合


前回のような話を

ただ“娘のこと”として捉えてしまいます。





娘は、私たちの愛を受け取ってくれない

(だからどうしようもない)



娘は、私が楽しく生きることを分かってくれない

(だから私は楽しめない、楽しんではいけない気がする)



娘は、まだ自分を大切だと思えない

(大切だと思えるまで、私は待つしかない…)






ちがうよ



そんなカンタンに

幸せに生きることを諦めないでほしい







前回、最後に書いた



自分の手で、自分を救える



これは全ての人に言えることなんです。











私も拒食症を治したいと思いながらも


まだ【自分事】として捉えきれていなかったとき




摂食障害について書かれた本を


家族に読んでもらおうと

一生懸命はたらきかけていたことが

ありました。苦笑






親が変われば


家族がもっと私に協力

してくれれば


私の拒食症は治る

(かもしれない)のに!!







拒食症が卒業に向かったのは


この勘違いをやめて




私が、私に向き合う


ようになってから、でした。












摂食障害を手放すために必要なのは



親が子を変えることでも


子を親が変えることでも



ないんです。





あるいは


自分が何者かになる(自分を変える)



ということでもないと思う。






そういうことではなく




「私」の内側の声を聴く。












娘がどうあろうと

親がどうあろうと

旦那さんがどうあろうと



そういう外側(現実)に振り回されないで



安心して生きることを楽しむラブラブ






その力が自分にあることを【思い出し】


さらに育んでいくことなんです😊