リトミックから継続して楽しく専門的に学べる『小梶ピアノ教室』です。
私事ですが、
1月14日 父が永眠し、
19日に、告別式を執り行いました。
母の希望(長男と暮らしたい)と、私たち子どもの負担を考え、住み慣れた京都から関東に移り、いろいろありましたが、2019年からはここで私と暮らしてくれました。
母が生きている時も、亡くなってからも、一貫して母への深い愛情に溢れた父でした。
母が亡くなってからは自分だけが楽しんでは母が可哀想と、ほとんど私たちの誘いも受け入れず、できる間は自分で、と長く炊事洗濯掃除、買い物全て1人でこなし、自分のペースもあるからと、食事も一人でとっていました。
(月に一度弟夫婦が来る時だけ、私たちも一緒に)
でも、日常のもの一つでも配達してくれると、Amazonなどのネットショッピングも活用して、子ども達(私達)や孫達にもちょっと美味しいものを送っては喜ばせてくれたり、と言う面もあり、
食べるもの、生活面共によく調べたり考えたり、健康には気をつけていました
昨年末あたりから肺に水が溜まって、改善していたのに年明けに急に弱り、立て直すためにかかりつけ医に相談し救急車で入院、これから在宅介護を、と父も信頼しているTさんにケアマネをたのみ、介護認定の申請もして…という最中でした。
不整脈、心房細動はあったものの、誰も(医師でさえも)これで最期になるとは思ってもいず、なぜこんなことになってしまったのか。。
でも、後からいろんなことを考え合わせると、父は自分の命のことをわかっていた気がします。
私と言えば、そんなことに気づかないふりをして、これから父が望んでいた在宅介護をいろんな方の手を借りて、やろうと思っていました。
それなのに、日頃から忙しがる私に、ほぼ手を出させることもなく、駆け足で母の元へいってしまいました。
一緒に住んで6年と少し、親孝行の真似事をさせてもらえたことはありがたかったですが、急すぎて、まだまだ心がついていきません。
そんなに急がなくてもよかったのに…
だけど、しんどかったんだよね。。
明け方のことでしたので、病院から知らせが来て、間に合いませんでしたが、医師の説明では、全く苦しんだ様子はなく、すっと心臓が止まったと…
天寿を全うされたと言っていいと思いますと…
(皆さんに仕方がなかったと言われるけれど、やはり嫌がっていた病院で最期を迎えさせてしまって、ごめんなさいと思っています。家で死にたいと何度も言っていたので。
入院の時期も、父に待ってと止められていたので、どうするのが正解だったのか、わからないんだけれど)
先週からレッスンを再開しています。
父はずっと、家でピアノの音がするのが好きといってくれていました。
あんなポロンポロン弾いてるのがだんだん弾けるようになっていくんやなぁ、と感心していました。
なので元気な子どもたちの声やピアノの音も供養になるかと思います。
今はまだ、何を話しても、思い出しても涙が出てきてしまいます。
そして、まだ、信じられない、夢の中のような気もします。
でも一緒に暮らしたから、孫やひ孫ともたくさん会わせてあげられて、想い出がいっぱいで、みんなと父のこと、母のことをいくらでも語ることができるんです。それは、私にとって、本当に幸せなことでした。
…ただただ寂しいです…
いろんな方から、お心遣いや、私を気遣い、あたたかいお言葉をかけていただき、感謝しております。
父の死後、家族が到着するまで私一人だと知って病院に駆けつけてくれたTさん、本当にありがとう。
(備忘録として記しました)
