こんにちは
連日暑いですね
それぞれが生きて行かなければならない世の中なので仕方のないことです
私の母は高知県で野菜を出荷していました
小さな身体で農薬を被らなければならない仕事でした
母は農薬のことは気にしていなかったと思います、知らなかったと言った方が合っているでしょう
私は当時から少なからず影響は有ったと感じていました
若くして63歳で亡くなりました
今35歳になる娘が生まれて直ぐの頃で、おんぶしては病院へ通いました。
でも陽気な母だったのが救いでしたね
だから私は農薬にも敏感に生きてきました。
昨年からもうこの畑では作らないかも、そうした方が良いかなと感じていました
自分で植えた里芋、カボチャ、キュウリ、トマトを抜くのは主人にとって辛く悲しいことだっただろうと思います




