*ともみんちへようこそ*
こんにちは
ともみんです。
今日は🎋
小学生の頃からお勉強が苦手な長女。
特に“ことば”が苦手。
いまだに、説明が下手で
何を言っているのか?
何が言いたいのか?
何?は?いつの話?え?誰?
どこから出てきたの??
と、聞いている方が混乱することがよくある。
本を読むのも嫌い。
3年生の頃は
担任の先生の素質と
ミスマッチでどんどん落ちていき、
“勉強できなくてもどうでもいい”
という
不貞腐れモードにもなるようになって…
今に至る。
ずーっとモチベが上がらない、
というわけでもなくて
5.6年生の頃は漢字は
覚えられるようになった。
百マス計算に燃えた時期もある。
感性は独特でおもしろいし、
YouTubeからの雑学情報は
うまく理解して、
実用したり…
生活のヒントをくれることもあるし、
小さな子を面倒みるのは
抜群にうまい。
生活力は十分にあるので
将来のことは心配していない。
でも、最低限のことは
できていた方がいいというわたしの思いもあり、
これまでも
長期休みには復習用のドリルを解かせたり、
“取り戻せるような教材を与える”と
いうことをした。
モチベを上げるため、
基礎の穴埋めのため、
実年齢より1.2つ下の
めっちゃ簡単なものにしたこともある。
でも
逃げる
さぼる。
無理やりさせると
キレる。
不貞腐れる。
何よりも
元気がなくなる。
生気を失う、
と言う方がいいくらいに
弱る。
そうなると…
こちらが悪いことをしているような気分になり、
迷いも生じていた。
まさに
嫌々。
だからこそ、
本当は
“できなくても大丈夫”と
思っていたはずなのに
なぜできないのか、と
問題扱いしてしまうようになっていた。
そんなこんなで
ここまで来たのだけれど…
ふと気づいた…。
わたしは
自分でやりなさいよ!と
与えるばかりで
“一緒にやる”という姿勢を
とったことはない。
それに、子どもに
勉強を教えるって
面倒くさいと思っていた。
だから、
いわば、
ドリルや塾任せ。
ほっておいても
それなりにできるようになるんじゃないか?
という期待も持っていた。
嫌がる子に
させても意味がない、
と思うのに
させようとしている矛盾。
どうしたらいいか
どうしようか
一貫性がなく、
長年、悩んできた。
やっぱり
勉強はさせているうちは
あまり意味がないとは思う。
やらされる勉強ほど
無駄なものはない。
ただ、勉強は
できないより、
できたほうがいいし、
しないよりは
した方がいいとも思う。
世界が広がるし、
面白いことが増えるから。
だから、
自発的に
学ぼうとして欲しかった。
あくまでも
それはわたしの考え。
娘にとっては
勉強は苦痛なだけ。
娘には娘の人生があり、
先に書いたように
娘は勉強できなくても
大丈夫だとも、本当に思っているし、
いつか自分が学ぼうとした時に
学べばいいはず。
なのに、
ダラダラしている娘や
テスト期間にも
勉強することから逃げようとばかり
しているのをみるのはイラっとする。
どうしたもんか、と
期末テストの惨状を鑑み、
ここ最近も
自問自答していた。
その結果ー
今までとは違う方向に決めた。
「勉強しなさい」と
言うだけでなくて
わたしも本気で向き合おうって決めた。
この夏、
“こうやって勉強するのだ”と
いうことを
わたしが教えようと決めた。
やらされる勉強でもいい。
意味がなくてもいい。
わたしが
後悔しないために、
“勉強することの楽しさ、
わかっていくおもしろさ”を
伝えておくことにした。
今の娘はそれを
のぞんでいなくても
いつか、娘が
自力で勉強しようと思った時のために
伝えておこうと決めた。
とにかく
振り切る。
その代わり…
夏が終われば
以降は、勉強しなさい、
あれした?これしたの?とは
言わない。
手は放す。
そのあとは娘が決めること。
今の娘は
勉強とは何か?を
しらないから
決めるにも決められない。
だから、勉強することって
どういうことか?を教える。
塾に
投げるのではなく、
わたしがやる。
母として、
娘に教える。
そう決めて、
娘にもそう伝えた。
すると…
昨日まで
不貞腐れていた娘の空気が変わった…。
言葉通り、
まさに“前向き”になったのだ。
これまでは
英単語、
なんとなく書いていたのが
“覚えよう”とする意志を持ちながら
書き始めた。
目の輝きも違う。
びっくり…。
わたしが“伴走する”と決めたことが
大きいのかな。
やりなさいよーと、
ただコントロールするだけだったところから
やるよ!と、
母も、痛みを引き受けようとしたこと、
それが伝わったのか!?
まあ。明日には
元に戻るかもしれないが。
さぁ、この夏ー
どこまでできるのか。
わたしも挑戦!!!
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