*ともみんちへようこそ*
こんにちは
ともみんです。
物をなくす、という経験って
誰にでもあると思うのだけれど、
すんなり
見つかるときと
なぜかなぜだか
見つからないときって
ありませんか??
なぜかなぜだか
見つからなくて
めっちゃ探しても
見つからなくて…
でも、
あるとき、
ひょこっと現れるときも
ありませんか??
それから
“そのうち見つかるだろう”と
思える時もあれば
“なぜないんだ!!!”と
執着に似たような感覚に
なることもあるのです。
“ものをなくす”
というのは
物が見当たらなくなる状態を
表すのだけれど
ものをなくすことによって、
その時の
自分の気持ちが
ありありと
表れるようにも思う。
その時の
心の状態が
炙り出されるー。
落ち着いている時は
あっさりみつかる。
自分をせめてせめてせめて
落ちている悪循環の中にいる時は
全く見つからない。
こころが軽くて
毎日を楽しめている時は
無くしてしまったことを
責めずにいられて、
“見つけなければ!!!”という重圧を
自分にかけずにすんでいるようにも思う。
過去を振り返ってみると、
わたしは
“ものをなくす”と
めちゃくちゃ怒りが湧く。
胸がえぐられるような後悔と
自責とで
胸がドキドキするの。
自分自身へのイライラが止まらない。
自分自身を責める気持ちが
わいて、怒涛の攻撃。
自分の人格否定が止まらない。
ズボラな自分、
ちゃんと管理できない自分、
整理できない自分、
そういう自分が
昔から許せなくて
そういう自分を
矯正しなきゃ!!!と
かなり頑張ってきたと思う。
実際ー
小学生の頃、特に低学年の頃は
学校からの重要プリント、
宿題などの大切なプリント、
はよく紛失していた。
ランドセルの奥でぐちゃぐちゃになって
みつかった。
連絡ノートをどこに入れたかわからなくて
友達に電話をして
教えてもらうのはしょっちゅう。
それから、
教科書のふろく、
分度器、色鉛筆、消しゴムは
最後まできれいな状態で
残すことができなかった。
三角定規はしまい忘れて、
大抵片方がなくなる。
名前を書くよの油性ペンは
先っぽが潰れてしまったり、
ちゃんと蓋ができていなくて
細い方が書けなくなってしまっていた。
そんな自分がめっちゃ恥ずかしくて
恥ずかしくて…。
ダメな人間、
劣っていると
思って学校生活を送っていた。
ものをなくすことは
めちゃくちゃ恥ずかしいこと。
なぜなら、
自分自身の存在価値と直結していたからだ!!
それで、
がんばって頑張って
がんばって
整理しようとしたし、
物がなくならないように
確認した。
忘れないように、ちゃんとしようとした。
だから、
高学年の頃には
ある程度、できるようになったんだけど
それでも
隠しきれないボロは出る💦
しかも、ボロがで始めると
途端に
2かい、3回と続けてやってしまうのだ💦
で、
落ち込む。
落ち込んで
自分を責めて
今度こそ!!と。
リセットボタンを押すような気持ちになる。
くるしかったなぁ。
そして、
今も。
ものをなくしてしまったことよりも
「自分はダメ」だと
思うことの方が
つらかったのだと思う。
ものをなくすことがきっかけで
始まる自己否定。
だから、
見つかっても
モヤモヤするんだよなぁ。
大切なものほどなくす。
どうしてか、
見つからない絵本が1冊…。
どこにあるんだろう。
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