*ともみんちへようこそ*
こんにちは
ともみんです。
物議を醸したナイトスクープの
ヤングケアラーの話。
ヤングケアラー、ネグレクト、虐待だと
騒がれているのを見て、
まるでわたしも
責められているように感じていた。
自分がやってきたことは
そう非難されるようなことかもしれない、
と、怖くなって、ハラハラ![]()
だから、
“ウチはちがう!!”と
正当性を主張したくなった。
人は不安になると、
正しいという立場表明をしたくなるのだ。
“上の子たちがいなくても成り立つ”
“家事育児は強制ではない”
“好きに遊びに行っているし”
ヤングケアラーではない理由を探した。
でも、
すっきりしなかった。
だって…
子どもたちに対して
期待しているところ、
アテにしているところもあるから。
お風呂に入れるときは
手伝ってくれるタイミングを選ぶし、
泣いていたら
“みてきて!”と頼む。
頼んでいるというのはわたしの言い分で
言われた子どもたちにとっては
見てくるしかない状況でもある。
遊びに行こうとするとき、
“えーー!!17時半には帰ってきてよ”と
子どもの安全のためではなく
自分の都合で言う時がある。
風邪ひいたときは
上3人で家事育児をしてもらう。
周りの大人にSOSを出すのではなく、
やっぱり子どもたちが一番気兼ねなく頼める存在だから
子どもたちに頼む。
我が家はー
正直、
上の子たちに頼っている。
アテにしている。
親子って対等ではないから
命令になってしまうし、
状況的に断れない、
断ると自分の居心地が悪くなるから
やるしかないときもあるだろうと
容易に想像できる。
わたしの気分屋な性格と
家庭内ではジャイアン的な振る舞いは
少なからず、
子どもたちに気を使わせている。
今日も歯医者でムカつくことがあり、
まさに不機嫌を撒き散らしていて
子どもたちは理不尽な扱いをうけていたし、
ピリピリしていた。
こんな親のもとで育って
トラウマにならない保証はない。
いくら親が
普段は愛情を注いでいると言っても
“機嫌をうかがっている”
これを精神的な虐待だと言われれば
否定も肯定もできないなぁと思う。
たしかにー
ヤングケアラー的な要素はある。
見方によっては虐待にもなりうる。
それが、我が家の現実。
それを
子どもたちがどんなふうに感じているかは
わからない。
子どもたちは
“この家しか知らない”がゆえに、
これを普通だと思っている。
それを洗脳だと言えば洗脳なんだよな。
※あの番組を見ていた次男と長女は
あれはヤングケアラーじゃないやろ。
日常の話やろとさえ言っていた![]()
わたしの方は
そこまで毅然と他人事とは思えず、
加熱するあの件をみて
ウチは違う、と思いたいが故に
洗脳しちゃいけない、
こどもに頼んじゃいけない、
断れるように選択肢を提示しないといけない…
って
かなり意識して窮屈になった日もあった。
そう、
世間が投げかける
“言葉の定義”によって自分自身のジャッジを
して、自縛していた。
だけど…
時間と共に
何が正しくて
何が間違っていて
どうするのがいいのか、
わからなくなってきた。
わからないくせに
4.5番目を産んでしまった自分が
無責任なのかと、
自己嫌悪にもなった。
この先
この子たちに我慢させたり、気を遣わせないように
することで
5人産んでもよかったでしょ!と言わなければ…と
自分の正当性を証明しなければって
思うところまで飛躍した。
飛躍しすぎ!?
と、落ち込んだり上がったりして
結局、
ヤングケアラーかもしれない、
虐待かもしれない、
毒親かもしれない
それが
本当なんだろうなあと思っている。
自虐ネタでも何でもなく、
事実として。
わたしにとっては
“絶対、ウチは違います!!”と言う方が
不自然で居心地が悪い。
だって、
理想的であろうとすればするほど
窮屈で苦しくなる。
いわゆる、理想的ではないもの。
それに
どんなに自分を正当化しようとも
子どもたち自身はどう捉えるか?までは
コントロールできない。
周りがどう考えるか?も
こちらの及ぶことでもない。
わたしは
きっとこれからも
子どもたちに頼るし、
アテにもしてしまうと思う。
ありがとう!!って
めちゃくちゃ感謝する日もあれば、
当たり前になって、
ありがとうの気持ちを忘れてしまう日もあると思う。
でも
虐待しようとは思っていないし
召使にしようという意思もない。
これは本当。
時々…
わあ!やりすぎてしまった💦
と、反省する日もあり、
周りや子どもたちから
“ヤングケアラーやで!”と
非難されないか、ビクビクする日もあったり、
反対に
“うちはそんなんじゃない!!”と
怒り狂う日もあるだろう。
この騒動を見ながら
心揺さぶられて、
色々考えたけど
結局、
1周回り、
世間にどう思われるか?を
考えたら、
どうしたらいいのかわからなくなるし、
自分をどこまでも追い詰めてしまえる。
だから、
自分がどうしたいのか?
何を大切にしたいのか?
そこをしっかり据えないと、
いけないー
色々考えたり、悩んだりしながら、
いい形を模索していけば
いいんだなって思った。
わたしはわたし。
わがやはわがやの
カタチ。
言葉や世論に惑わされるな!
今回の騒動に
一旦
掻き乱された着地点はここでした。
#ナイトスクープ
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