【ことば】 価値  | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。


*ともみんちへようこそ*


ここは、わたしの人生のメモ帳です。
5人の子どもたちと夫との暮らし。
日々の揺れ、違和感、気づき。
ことばにならないまま過ぎていく瞬間を
徒然なるままに。

真っ直ぐに
浮かんだまま、鮮度を保ったまま
記録することが目標です。


こんにちは


ともみんです。



この10年くらいかなぁ…



“あなたには価値がある”


“生まれながらに皆価値がある存在”


と、いう言葉を

当たり前に聞くようになった。




自己肯定感が低く、

自分が嫌いで

自分なんて価値がなくて、

生きていると迷惑をかけてしまう存在、



と、思ってきたわたしのような人に



生きづらさを緩和するための

大前提を変える言葉。




ただ、



“生まれながらに価値がある”

なんて言われても


感情が動くこともなかったわたし。



少しずつ、

自己受容をしようとして、

なんとなーく、

意味が理解できるようには

なってきたと思う。



そんな今、

衝撃の事実を知った…



そもそも

「価値」という言葉ー




この熟語は

明治時代に作られた言葉だった!!!



衝撃を受けた。




え!?



ということは…

江戸時代は

「人には価値がある」

なんて表現もなかったってこと!!!



じゃあ、

「人には価値がある」

ということを

どんな言葉で表していたのか、



というと…

チャットGPTによると



徳がある、

重みがある

大切である



という表現だったと思われるーと。




なるほど…。




重みがある、大切だ

という表現だと



〇〇ができる、〇〇を持っている、

役立つ、などの

比較したり、条件つけされるような

感覚は薄くなり、



絶対的で

その人だけのいのちを

見つめているような感じがする。







ものの価値という意味で

“価値”という言葉には




比較したり、

数値化したり、

程度が存在したり、

状況に見合うか?などの

条件も背後に感じられる。



ものの値段、

値段に見合うか?といったニュアンスで

“価値”という言葉がある。



それで…

人の価値ーと、

人にも価値という言葉を当てはめると、


いくら“無条件に価値がある”と言っても

身体感覚や脳内では

優劣、上下、点数、程度などが立ち上がり、

比較、数値化される感覚は残る。




直訳して

【自分の“value”】いう言葉で測られると

すごく嫌な感じがするのがその証拠ではないか?と

思う。



一方で

重みのある、徳のある、大切な

存在だと

言われると



そこには比較や数値化する感覚はなく、

いのちそのものを

真っ直ぐに見つめられている感じがある。



“価値”という言葉をものにも人にも

同じように当ててしまった悲劇のせいで



自分自身を

他者と比較したり、

優劣をつけたり…といった感覚が

当たり前のように広がってしまった、



という側面もあるんだろうなと思った。




人は

本来周りから

価値を見出してもらうような

存在でもないし、



価値の有無なんて

語るべき対象ではないはず。




それは

“空気ってめっちゃ価値があるよね”

“太陽っていつでも生まれながらにして価値がある”

なんて

言わないのと同じ!!!



空気も太陽も

存在することに

“ありがたいなぁ”と思うもの。




有り難し。



それと同じように



人は

存在するだけで

大切で

いのちそのものに重みがある。


存在すること自体が

有難いこと。



有無で表現されるような

言葉で

語られること自体が

ちょいへん!!




人は

ただ、あるー



それだけ。



役に立つとか

何かを成し遂げるとか

関係なく、


存在すること自体に

重みがある。




だからねー


明治時代になるまで

valueに相当する日本語がなかった、

というのは



日本人には

必要のない感覚だった、



のかもしれない。



そんな風に思ってたら



昔の日本人は


役に立つとか

何かを成し遂げるとか

関係なく、


存在すること自体に

重みがあるー


そういうことを

当たり前のこととして


生きていたのかな、とも空想した。


そしたら、

なんだか

自分を大切に思う、という感覚が

自分の中に浸透しつつあるように思う。




みなさんは

どんな風に思いますか?



価値は勝ちと

同じ音。



それも

勝ち負け、比較を

連想させる材料に

なっていたかもなぁ〜。







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