*ともみんちへようこそ*
こんにちは
ともみんです。
落ち込んでいます…。
.
マタニティ時代に知り合った
ママ友の訃報を受けた。
なんで?
元気やったのに、なぜよ!?
信じられない気持ちと
妙にリアルに迫ってくる感覚でゾワゾワ。
本当なの?
同じ年の子どもを持つ者同士、
(長男次男と同級生)
いろんな思いを交換してきた17年半。
うちの子は小さく生まれ、
食べ物のアレルギーもあり、
発達もゆっくり。
でも彼女の子どもは健康優良で、
明るくて活発で、
なんの心配もなく、
うまくいっているようにみえて、
羨ましくなった日もある。
でも、
どんな状況でも
だれしも大なり小なり
わが子のことは心配になるし、
大丈夫だってわかっていても
気になって、
口出ししたくなるもので。
会うと、
お互いに悩みや心配ネタは
尽きなかった。
そして、不思議なもので
よその子は
「いい子たちに育ってるなぁ」と思えるから
わたしと彼女は
お互いに
相手の子どもたちのことを
素敵だなぁと思うきもちを伝え合う、
という交換をしていたんだと思う。
彼女との時間を
振り返った
今、気付いた。
出会った時にお互いの
お腹にいた子は17歳となり、
それぞれにそれぞれの色で高校生活を満喫中。
そんな報告をしつつ、
これまでの17年を懐かしく振り返ったのは
何年かぶりに会った
今年の6月のことだった。
いーきーてーいればつらい
こともあるでしょー
でーもーそのたびに
乗り越えて、いまがある。
そうやって笑ったっけ。
また、何年後かに会うもんだと思っていた。
でも、もうー
声を聞くことも
顔を見ることもできなくなってしまった。
彼女のことを知りたくて、
久しぶりに
昔使っていたアカウントにログインして
彼女のインスタを見にいった。
そこには
2つの投稿があった。
そのうちの一つが
彼女の子どもたちに描かせてもらったなまえポエムだった。
描き始めた本当の最初の頃。
喜んで受け取ってくれた。
ともちゃんはすごいねぇ〜
って言ってくれた言葉はお世辞ではなくて
本当だったのか。
人を疑うことがデフォのわたしと真反対で
人を疑うことのない人だったな。
彼女の写真を
スマホの中に探したけれど
ママとしてのつながりで、
いつも中心には子どもたちがいたからか、
わたしたちの写真はなくて、
LINEの履歴も子どもたちの写真ばかり。
わたしたちは“母”だったー。
ひとりの人間としてーよりも
〇〇ちゃんのお母さんとして過ごしていたから
いつも子どものことばかりだった。
そんな、
「母」である自分を
ともに過ごした友だちだったんだ。
一枚だけ
わたしたちだけが写った写真が残っている。
一緒に写った一枚は
妊婦の写真。
大きなお腹を抱えて一緒に撮った1枚。
まだ、スマホもなかったあの頃に。
彼女は
いろんな時代のわたしを見てきてくれた数少ない友だちだったのだ
と、この期に及んでやっと
気付いた。
バカだわたしは。
看護師していた頃のわたしも
なまえポエムに夢中になっていた頃のわたしも
育児に忙殺されている今のわたしも
思春期と格闘するわたしも
夫の鬱の時、
肩に力が入りまくってツンツンしていた時のわたしも
彼女は知っている。
この18年ー
疎遠になったり、
離れていった人も多い中で
ずっと変わらない温度で
付き合ってきてくれた人。
そういうひとの存在に
どれほど救われていたのかー。
人は
失って初めて気づくことがある、とは
本当だ…。
最後にDMをくれたのは9月だった。
そのとき、
これが最後になるなんて思わなかった。
本当にごく普通のなんでもないありきたりな日常に
突如訪れる、
いのちのおわり。
「あのとき、もっと丁寧に言葉を送ればよかった」と
思ったけれど、
それも少しちがうと感じている。
「あのとき、送った言葉が“いつも通り”でよかった」
わたしと彼女の関係は
特別なものというよりは
ハレトケで言えば“ケ”の関係だったから。
“ケ”の飾らない自分、
ちょっと強がっちゃうことも含めて、
わたしらしいわたしで
最後まで付き合わせてくれて
本当にありがとう。
そんな風に思った。
まだ、ざわざわしているー。
彼女と交わした
たくさんの言葉が蘇る。
3個年上の彼女。
“ともちゃんは若いからー”が彼女の口癖だった。
わたし、今はまだ彼女より若いけど
“ともちゃん、わたしより年老いたの!?”と
言っている彼女の声が
きける日が来るだろうか。
ともに
産み、育んできた時間ー
本当にありがとう。
思っている以上に大切な存在だったよ。
彼女自身も
まさか自分が亡くなったなんて
気付いていないんじゃない?
そんな風に思うほど
突然のことだった…。
2人の子どもたちが
立派に育っていくように
遠くから祈りつつ
ご冥福をお祈りします。
ともみん
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