どんな大きさでも自分の「標準」 | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。

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sowは
「小さいねぇ」ってよく言われるし、

わたし自身も周りに言われる前に
自分から
「この子、小さいんです」って言って、


「小さいね…大丈夫なの?」と言わせないようにするクセがある。


いまだに我が子が「小さい」と指摘されると
、場面によってはイヤな感じをうけて、イラっとする。
まるで、ダメだと指摘されているように感じ、不安にもなる。




身長は高い方が良くて
顔は小顔が良くて
目は大きい方が良くて
足は長い方が良くて…
誰にでもニコニコしているのが良くて、
明るいのがよくて、
小さなことは気にしないのが良くて…



“こういうのがいい”って話を聞くと


それを持ち合わせていないと
「ダメ」と言われているような気分になり、
イヤな気分になる。


ダメな部分はコンプレックス。
良い部分はマウント(逆コンプレックス)
になってしまう自分の感覚が嫌😅

誰かと比べたり、
標準と比べると「小さい」とか「背が低い」という風になる。

ただ
sowはそんなこと、まーったく思っていない。

sowにとっては
いつも 今この自分が自分のベスト。

これがわたし。

今の大きさが10ヶ月のsowの大きさ。




今日もうれしそうに
這い回り、座ってリズムに乗り、
石を食べて、ベーッと出して、
おっぱい飲んで、泣いて、笑って、つかまって…

目の前のことに夢中だ。


「10ヶ月のsow」の大きさでわたしの目の前にいて、
楽しそうにしている。

それが可愛くて、
愛おしいだけなのにね、




大人はどうしてこうも
比べたがり、良し悪しを言っちゃうんだろうなぁ。

生まれた頃から比べると
心も身体も
面白いくらいに可愛く進化している。
変化していることころも、
あまり変わらないところもsow。

一人ひとりちがうと分かりながらも
基準を持ち出し、比べる、落ち込んだり、反対にマウントをとる。

自分の個性を際立たせるだけの「比較」が
無意識に優劣になる。


大人って本当にバカだ。

比較のせいで
こんな可愛い瞬間を
味わい尽くせなくなっている残念賞!


可愛いなぁ、
愛おしいなぁー
面白いなぁ〜

純粋に
ただ感じたい…

目の前にいる娘の今を。




#まい語録