大きくうなづきました。
昨日、
夕刊で知った残忍な事件。
悲しかった。
反抗を起こした人を許せないというより先に
「かなしい」
と思った。
ちょうど昼間、事件の起きた直後頃
わたしは「花まる学習会」の高濱先生の
講演会に行っていました。
そこでめちゃくちゃ印象に残った言葉があります。
「誰か1人にでも贔屓された子」は社会で飯の食える大人になれる。
誰かに愛されたという感覚がとても肝要。
両親がいなくても、第三者からでも特別に「ひいき」される
=あなたのいのちが尊い。
そんなメッセージを感じる経験が人として「強み」を築いていける。
感覚的には理解していたところもあったけれど、
ものすごくわかりやすく、
またしっくりくる形でのお話でした。
そんな話を聞いてきた日だけは「笑顔」を意識する。
なんとなく、
先日の一連のこともあり、
こどもの話を意識して耳を傾け、できるだけ、相手のペースをおしはかるようにする。
すると、子供たちが全然違う。
特にkiraはいつもの数倍喋る。
ウキウキしている。
relaのイライラにも「穏やか」に対処。
(いつもは険悪になる)
すると、relaのイライラも落ち着いてくる。
その光景がわたしにはHAPPYなことで、ほほえましくみている。
するとsoltも「自分のすきなこと」に没頭している・・・。
「ちょっと意識した」だけで、こんなに変わる!!
と思うと
「ちょっとした」ことが大きな変化に波紋のようにひろがっていくんだなあというのを
身を以て感じた。
だから、
「たったひとり贔屓してくれる人がいる」が大切。
みんな平等に「ひいき」するのがいい!
その言葉の意味もなんとなく、腹の底から理解できる感じだった。
そんなことを思ったとき、浮かんできた言葉がこれ。
無数の家族が
「とっても心地よいもの」だったら、
社会は心地よいものになるよね。
みんなの「よりどころ」が安定すれば、外で最大限に力を発揮できるよね。
と。
みんなが満たされたらいい。
我慢とか、自己犠牲とかいらない。
みんなが「心地いい」だったら、争いもないと思うのです。
そしたら、先の記事が目に飛び込んできました。
わたしは「家族」を整えること!が平和につながると思ったけれど、
「家族」という枠も実はいらないのかも。
「社会はあなたを大事にしているし、
何かできるかもしれない。
社会はあなたのいのちを軽視していないよ」
というメッセージを発信していくこと。
自分が大事にされていなければ、
他者を大事に思いやることはできない。
このふたつの言葉が
妙にしっくりきて、
納得。
深く頷きたい内容だった。
にあった言葉です。
深く心に刻む。
そして、生きる。
言い方を変えれば
自分を大事にして初めて周りを大事にできる。
まずは自分を満たすこと。
少しずつ、少しずつ・・・その範囲が広がっていけたらいいな。
彩集う 「言の葉ちらし」2000枚で27件のご予約!?かみに神!?
思いをかたちにする「ちらし」
お問い合わせくださったかたがこう言ってくださいます。
「いつもなら捨てるんです。でも、これは・・・違ったんですよね」
「なんでだろう。読んでしまっていました」
「これでいい」ではなく「これがいい」という形を一緒に作っていきます。
「これがいい」というものは必ず魂に響くから。
2000枚配布で3件の問い合わせがあればいい方だと言われるちらし。
それが2000枚で27件!
ご興味がございましたら、LINE @(@kfm6698q)からお問い合わせください!
LINE@では
動画も配信中!
詳しくはこちら→LINE@で大放出します!


