こんばんは。
言ノハ唄あそび ともみんです。
今日は、起きたら10時
びっくり!
寝すぎると
頭がいたい
背中も痛い
固い
贅沢な悩みです。
数日間、人の気配のなかった我が家ー
なんとなーく、空気が滞っている感があり…みんなで
大掃除!!!
ふう〜〜、スッキリ!
帰宅した昨夜と比べると、生き生き、蘇ってきましたヨ
年始に足を運んだいろんな場所で感じたこととー今日の我が家で感じたことがリンクしているので、
ここで語らせてくださいませ。
車運転中、
助手席の夫が「あんなとこに鳥居があるで」と。
発言のタイミングがかなりよろしく、
(大抵、遅くてスルーする)
すぐにハンドルをそちらに向けることができました。
ここは神社の跡地。
祠もない。鳥居と御神木がありました。
この土地に根付いてきた神社がどんどん縮小され、祠もなくなった。
だけど、3年前、地域の人が「守る」と立ち上がったと、記されていました。
だからなのかなぁ〜〜。
国道から道一本入ったこの場所から見える景色は絶景で、
子どもたちが無邪気に生き生き遊び始めた。
そういうことなんだなあ〜〜と思った。
人の「思い」が寄せられた場所。
自ずと人が「思い」を寄せる場所。
どちらなのかはわかりません。
「どちらも」なのかもしれません。
とっても心地よい、止まったような時間が流れます。
昨日ご紹介させて頂いた、
神社も
昨日だって、1時間弱の滞在中、お会いした参拝者は片手で数えられるほど。
だけどね…
宮司さんをはじめ、たくさんの方が大切に大切にされているということは、
節々に感じられました。
古いお札やお守りは神社の境内で燃やし、灰にして、木々の根元にまく。
それは木々の栄養となり、成長を促す。
成長した木々は
必要な分、加工され、人の「道具」に生まれ変わる。
そして、役割を終えたものは再び「灰」となり、
次のいのちを育むー。
まさに循環。
人は方法を誤ったり、
度を過ぎて、
自然を破壊してしまう存在である。
だけど、
一方で、
人は自然に輝きをもたらす存在なんだと思う。
人の手が適度に加えられた場所は心地よい空間になっていく。
今日の我が家だってそう。
人の息吹とモノの息吹、自然の息吹が相互作用しあい、
輝きを増していく。
だからー
人は地球にとってー必要ないのち。
その、いのちの使い方を誤るとー
脅威になってしまうというだけなんだと思いました。
神社という場所、
自然の多い場所、
私たちのすみか、
どんなところも同じ。
人はそれらを生かし、輝きをもたらすもの。
そう、思う
そう、思いながら、過ごしたい。
皆さんは、どう思いますか??
ともみん。
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