あの日から一年。 | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。

こんばんは。

 
ともみんです。
 
 
ともみん、1983年1月生まれ。
 
同じ1983年生まれはワイドショーお騒がせの有名人が結構います。
 
ベッキーとか、上西議員、上原多香子などなど…。(ちょっと情報が古いかしら)
 
時代背景として一番わかりやすいのはー
東京ディズニーランドやファミコンも同い年です爆笑
 
そういう年です、1983年。
 
 
なるほどねぇ〜〜となりますでしょうか?
 
 
ともみん、1月生まれなので、同級生の多くは82年生まれです。
 
1982年生まれの女性で
 
 
ものすご〜く
 
 
有名なのは…
 
 
 
 
小林麻央さん。
 
 
今日がちょうど1年。命日。
 
 
闘病が明るみに出て1年、ブログを始められてから10ヶ月弱。
 
 
いつかはこの日が来るだろうと思いながら…
 
 
でも、それは今日ではないことを祈りながら…
 
 
ブログを更新されるたびに、安堵しながら…
 
 
ずっとブログを読ませていただいていました。
 
アメブロを始めて、初めて継続してお読みさせていただいたのが、小林麻央さんのブログでした。
 
 
同級生。
 
子どもは我が子と同じくらい。
れいかちゃんとかんげんくんはrelaとsoltのあいだの年齢。
 
海老蔵さんが乳がんを公表し、
病状を告白されたとき、ものすごく大きな衝撃を受けたことを覚えています。
 
ただ、当時のわたしは「他人を思いやる余裕」なんて皆無だった頃。
 
 
夫がうつ病で休職し1年が経とうとしていた頃で、先の見通しがつかないことに不安を覚え、
また、ものすごく孤独でした。
 
 
当時、わたしの愚痴や不満を全て引き受けてくれていたのは母でした。
その日も母に「もう嫌だ。普通の夫婦みたいに話がしたいよ」と泣き言を電話で言っていました。
 
 
すると、母が言いました。
「麻央ちゃん、もっと大変やん。いのちに関わることじゃないんやから。みんな色々あるから」
と。
 
 
その時、即座に言いました。

「がんの方がマシやん。だって、普通に話できるんやで?心の不調は巻き込まれるし、孤独やし。
まともに、会話したいわ。」
(スミマセン)
 
 
「しかも、お金の不安なんてないやん。
比べるレベルが違うわ!」
(本当にスミマセン)
 
と言い放っていた記憶があります。
 
わたし自身も追い込まれていたからだと思うのですが・・・
 
そのときはまだ、結末を知らなかったから、そう言い放ったところはあると思います。
どちらが辛いとか、それは比べるものでもありませんしもやもや
 
 
「同世代ががんになって、闘病している」と現実なんだけれど、現実感のない感覚でした。
 


 
誰かを思う前に・・・「自分がつらい」が全面に出ていたということもありますし、
 
元気な33歳。病気や死というものがあまりにもかけ離れた存在で、想像するにも想像できないという感じでした。
 
 
小林麻央さんがブログを始めたと知ったときも、
闘病の様子を赤裸々に・・・でもユーモアを交えて記される内容を食い入るように読んでいるくせに、
 
どこかで
「恵まれた人なんだな」と妬みに近い感情をも抱いたり、
 
また、彼女が周りの人、ほかの闘病者の方をを思いやる記事をみると、
「綺麗事を並べている」と素直に受け止められない歪んだ感情を抱くという・・・
 
 
荒んだこころのともみんでした。
 
こうして書くのが嫌になるくらい、当時のわたしは曲がった心でした。
 
しかし、そういう感情を抱きながらも、読み続けたのは、
彼女の魅力に魅せられていたんだろうと思います。
 
 
 
どんなときも・・―弱音を吐いた記事であっても―
最後は前向きなことばで締めくくるという彼女の強さ。
 
そして、クスッと笑ったり、微笑んでしまうような表現やエピソードに
「ほっ」と和ませてもらい、大きな力を分けてもらっていたことは間違いありません。
 
 


1年前、この頃には夫もかなり回復してきて、わたしの不安もなくなり、
「やっと夫が帰ってきた・・・」そんな気持ちになっていた時期でした。
 
それとは反対に…小林麻央さんの病状は深刻になっている様子が、ありのまま綴られていました。

もちろん、否定的な感情を抱くことはなくなって、手に汗にぎるような気持ちで、
ブログの更新を待ち、

更新されると安堵していた記憶があります。
 
 
最後まで

自分に置き換えるには現実離れしすぎていました。
 
いま、子どものことが何にもできなくなったら・・・
思うように、体が動かなくなったら・・・
死を間近に感じたら・・・
 


どうだろう?
 
想像しようとしますが、想像すらできませんでした。
 


だからこそ、彼女の強さと愛の大きさは―本当に真似できるものではなく、尊い・・・
透き通るような美しさに
 

心を奪われていたような気がします。
 
 
1年たって、より思います。
天使と女神がひとつになった方ーと。
 
 
同じ年代で、あの時妬みや批判を抱いてしまった、自分のちっぽけさにも恥ずかしくなりますが、
だからこそ、余計に彼女の強さとしなやかさ、美しさを強く感じます。
 
 
1年遅れとなってしまいましたが、追悼とありがとうの気持ちをこめて、名前ポエムを・・・。
 
 
 


このポエムは、
ふと描きたい!という衝動に駆られ、描き上げるまで夢中でした。

ほんの数分…だけど、

書き上げたとき、益々、彼女の素晴らしさを感じました。



2年前、わたしはわたしで本当に苦しかったけれど、
今も生かされています。
 
だから、このいのちある限り、
あの時の苦しい日々で感じたこと、あのトンネルを抜ける間に得たことを生かしていきます。
 
まだまだ、わからないことも多くって、浅はかな自分の考えや幼稚な感情に悲しくなることもあります。

今回の地震でわかったように、人の気持ちに寄り添うなんて、簡単には言えないことなのですが、
 
わたしのできることを考え、感じながら、毎日を生きよう。
 

その中で、
麻央さんみたいに
人を癒し、勇気づけられたら、最高です。
 


 
 人を癒し、勇気付ける手段は色々あります。

麻央さんのようにブログで発信することもそう。
歌や演技、マッサージやエステ…
美容、スポーツ、…

方法は人の数だけあります。


わたしは
名前ポエムを通して…実現したい。


名前ポエムを紡ぐ時が一番…その方が想像できる。

言葉の力を借りて…

実現したいと思います。

 

名前ポエム…

どんなのかというと…こちらご覧くださいませ!

 
なまえのとりこ→https://www.namaenotoriko.com
 

 

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もしかすると…
 
その時の心にヒット!する言葉があるかもしれません。
 
ほっこり、優しくなれるようなポエム、
元気の出るポエム…どんなポエムが登場するでしょうか?
 
同じポエムでもその時の心の状態で受け止め方が変わります。
 
 
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