(人ではなく、ヒト)
わたしのおばあちゃん2人。
2人ともわたしと51歳違い。半世紀の歴史の違いがある。
2人のおばあちゃん。それぞれに思い出があるし、関係性も違う。
父方のおばあちゃんは同居していたので、関わりが深い。だからーウットオシイと思うことも少なくなくて
昔の人が故に、女だから、姉だからーとあれこれ言われた。わたしは〇〇家の長女として扱われているような感覚があった。もちろん、実際はそうではなかったのだけれど、おばあちゃんの男尊女卑的な感覚に反発する気持ちが強すぎて、そういう印象が強く残っている。
昔の人が故に、女だから、姉だからーとあれこれ言われた。わたしは〇〇家の長女として扱われているような感覚があった。もちろん、実際はそうではなかったのだけれど、おばあちゃんの男尊女卑的な感覚に反発する気持ちが強すぎて、そういう印象が強く残っている。母方のおばあちゃんはお互いにいいとこ取りのいい距離を保った関係だと思う。
余計なお節介もないし、甘々の特別扱いしてもらった記憶がある。
〇〇家とは関係ないので、長男だから、女だからーという感じもなく、わたしそのものを見てくれていた。そのまま受け止めていくれていた。
その証拠にー
身内の中でわたしのことを「ともみちゃん」って呼ぶのは母方のおばあちゃん1人だけ。あとはみんな「お姉ちゃん」って呼んでいたから。
そして、むやみやたら褒めたりもしない。成績とか性格とかについても知ろうとしなかったと思う。
そして、おばあちゃんと言えば、ごはんというイメージ。料理ではなく、ごはん。
おばあちゃんはみんなのごはんをずっと作り続けてきたんだと思う。
母は言う「わたしの友達が来ると、食べていきなーと言って何かしら食べさせてくれた」と。それ、すごく嬉しかったし、今でも同窓会ではそんな話になり、みんながおばさん元気?と気にかけてくれるらしい。
80歳を越えても家族の夕飯を作っていたおばあちゃん。おばあちゃんのチャーハンはパラパラで絶品。わたしの夫もおばあちゃんの唐揚げが大好き。
料理好き、料理上手っていうのではなくて、食べさせてくれるひと。
おばあちゃんは数々の苦労をしてきて、今日に至るらしい。わたしが中学生になった頃からはそういう苦労話をいつも聞かせてくれていた。
それに比べたら今が一番なんの心配もしなくていいはずなのに、この5年は早くお迎え来て欲しいー長生きするもんじゃないとか、そういう弱音とか愚痴が多かった。
聞いていて、悲しくなるのだけれど、わたしの中では、確信があった
おばあちゃんはあの世に行きたいのじゃない。今辛いんじゃない。命が脅かされる病気とかお金とか心配事がなくなったから、そう言うだけなんやろうなーと言う、確信。
根拠はなかったけれど。
そんなおばあちゃんが2ヶ月前に転んで骨折をした。起き上がれなくなり、人生で初めて身体にメスを入れた。リハビリ中にお見舞いに行った時、死に損なった、と言う。でもその顔は明るい。
「生きたいと思った?よくなりたいと思った?」と意地悪に冗談半分に聞くと
笑いながら「そうやな。生きたい」って言った
怪我して、不自由になったけれど
なんか、良かった❤️って思うわたしもいた。
おばあちゃんにお見舞いに送ったポエム
でも、このおばあちゃんにだから、敢えて描いたフレーズ。
おばあちゃん、おばあちゃんが生きてきた軌跡、やってきたことは、みんなが大切に思っているし、感謝しているよ。
おばあちゃん、みんなの気持ち、そのままそのまま受け止めてよ。
もう一回、おばあちゃんのごはん食べたいな。
