マーシャルー>ベトナムの予定がカンボジアに | コンフォートゾーンをつきぬけろ!日本からワクワク未知の世界へ飛び出そう!

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みなさまこんにちは。

 

さて、これまでぼちぼち約5年間滞在したマーシャル諸島の滞在記について、

思う所をつらつらと書いてみました。

 

なんせ20数年前なので、記憶があやふやなところも多々ありますが、

私の滞在していた1995年から2000年の当時、首都マジュロに滞在していた外国人は

 

圧倒的にアメリカ人と次に多かったのがオーストラリア人、

 

あと知ってたのが、飼っていた犬が行方不明になってしまって

マーシャル人かフィリピン人に食べられたんじゃないか、と

疑っていたフランス人カップルが1組、

 

独特のイントネーションで英語を聞き取るのに苦労したニュージーランド人が1人、

一時的に調査研究で滞在していたドイツ人1人、

 

レストランを経営している北朝鮮人ファミリーが1組、

中国人(中国大使館建設にきていた囚人とのうわさの人々も含む)が多数と、

 

優秀なのでマネージャークラスの仕事で出稼ぎに来ていたフィリピン人

数名(おかまのドリーさんという美容師さんや、イケメンパイロットも含む)

 

そして日本人が約30名ほどだったと記憶しています。

 

それからなんと!こんな小さな島に、アメリカ人のご主人についてきて

ベトナム料理の小さなレストランを出したトゥーイさん、という南部出身の

ベトナム人女性もいました!

 

実はマーシャルで任期を終えるころには、半年後に夫の扶養家族として

ベトナムのハノイに赴任することが決まったので、

マーシャルからベトナムどんなところかなぁとワクワクしながら、

店の揚げ春巻きとか、フォーとか、なぜかベトナム航空のスプーンと一緒にでてくる

激ウマプリンとかをよく食べていました。

 

帰国後、半年間都内で生活し(これが過去19年間で一番長い日本滞在)、

ベトナム語を少し勉強する機会もあり、ベトナム赴任に向けて準備していたところ、

 

なんと、カンボジアの案件で仕事をしないか、というオファーをいただきました。

 

これは沢田教一さんの写真。ベトナムかカンボジアどっちかの子供たち。

 

なぜかというと。。。

カンボジアは当時まだ治安が悪かったので、派遣内定者が辞退してしまったから!

確かにその4年前に政権抗争による武力衝突が起き、死者も多数でたため、

在留邦人は隣国タイに緊急避難するような状態だったそうです。

 

でも治安が悪いと聞いて、ビビる私ではありません。

むしろどんなところなのか、治安が悪いっていうけどホントかよ??

と怖いより、知りたがりの好奇心の方が勝っていたのです。

 

ということで、2001年3月に夫はベトナムのハノイ、私はカンボジアのプノンペンに

それぞれ単身で駐在することになりました。

 

さて、プノンペンはほんとに怖いところだったのか???

続きはまた明日!