楽しいって気持ちは声にのって伝わっていく | 心を癒すジャーナリング〜書くことで心に寄り添う時間

心を癒すジャーナリング〜書くことで心に寄り添う時間

10年前に夫を亡くした私が、2年前にジャーナリングに出会い、心を整え、未来に希望を見つけました。ここでは、心を整え悲しみを癒す書く力を綴ります。

毎日寒い日が続きますが、こんばんは!
石田知子です(*^^*)

いかがお過ごしでしょうか。

 

 


今日は、先日Clubhouseでお話しさせていただいた
私の「音楽ヒストリー」について、
少し振り返ってみたいと思います。



先日、音声SNS「Clubhouse」のルームで、
私の音楽ヒストリーをお話ししながら、歌も交えて
30分間お時間をいただきました。
 

 

 

これまでの人生を振り返りながら、
音楽とどんなふうに関わってきたのかを話すのは、
実はあまりやったことがなくて、
私自身にとっても、とても貴重な経験になりました。

思い返すと、小学校に入る前の私は、本当に歌が大好きで、
場所なんて気にせず、どこでも平気で歌っている子どもでした。

 

 

 

ところが、小学校高学年のとき。担任の先生が音楽の先生で、
クラスで合唱コンクールに出ることになりました。

私は、そのメンバーに選ばれませんでした。

 

 

選ばれなかったことが、ただただ悲しくて。
悔しくて、恥ずかしくて。
そのとき私は、「あなたは歌が下手です」と
烙印を押されたように感じてしまったのだと思います。

 

 

それから私は、人前で歌うことをやめました。

そんなお話から始まり、最初に歌ったのは、
歌手になりたくて、家でネグリジェを着て歌っていた
黛じゅんさんの「天使の誘惑」。

 

 

2曲目は、仲雅美さんの「ポーリュシカ・ポーレ」。
3曲目は、チューリップを追っかけていた頃の思い出から
「青春の影」。4曲目は、夫と出会い、
一緒にオレンジ屋さんへ行って生カラオケで歌った
豊島たづみさんの「とまどいトワイライト」。

 

 

そして最後は、
Official髭男dismのライブで感じた感動のお話から
「ホワイトノイズ」を歌いました。

 

 

この音楽の人生を振り返る中で、
子どもの頃の辛かった気持ちを、あらためて思い出せたことも、
私にとってはとても良い時間でした。

 

 

そして同時に思い出したのが、夫の存在です。

夫は、正直言って…ものすごい音痴でした(笑)。
それでも、いつも堂々と、楽しそうに歌っていました。

その姿を見て、「あ、歌っていいんだ」
そう思えたことが、

私がまた歌えるようになった大きなきっかけだったと、
あらためて気づきました。

夫には、心から感謝しています。

 

 

たくさんの方に聴いていただき、
感想もたくさんいただきました。

共通して言っていただいたのは、
「楽しそうに歌っているのが伝わってきた」という言葉。

 

 

私自身も、本当に楽しくて、
30分間、歌とお話を心から楽しませていただきました。

自分の気持ちって、本当に伝染するんですね。

 

 

歌が上手か下手かよりも、
楽しんでいる気持ちは、ちゃんと伝わる。
そんなことを、あらためて教えてもらった時間でした。

 

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました(*^^*)