2001年に遡ります

9・11を目の当たりにして

諸々諸々あったのですが

(そこはまたいつか)

 

「人生には節目ってあるな~」
というのが振り返って思うこと。


 

空港が閉鎖されて
いつ帰れるかわからない中

FAOシュワルツに行き
(マンハッタンのおもちゃ屋さん、もうない)
どうやったら持ち帰れる?
と思いながら
ティガーのロッキングホース
(木馬じゃなくて、木虎かな)

を入手し


日曜日の朝になり
(9・11は火曜日)
「JALが飛ぶかも」の情報で
JFK空港に直行し

スーツケースとティガーを抱え
空港の外に並び

それで、運よくJALの2便目に
乗せてもらえることになり

JALの窓口でお願いして
大きな箱を準備してもらい


なんとか帰宅。

 

 

 

 

箱を開けて

そのロッキングタイガーを見た時の

一人息子の反応は

 

一生忘れられません

ウ、ウ、ウ、

ウ、ウ、ウ、

 

 

 


6か月の生命体が
持てる限りの力で

大興奮していて

子供の成長は早い!
この時期を逃したくない!

と強く感じました


次のことは考えずに
仕事を辞めることだけ決めました。



引継ぎとかあり
どうしても、と頼まれた仕事もあり
(そこは義理と人情)

結局辞めたのは
2005年。

私の退職予定を知った同僚は驚きました。

投資銀行は待遇が良いですから

「そこで生き残ることが一番大切だと
誰もが思っている」
と信じていたのだと思います。

特にその退職の理由が
「子育て」
と聞いて

「子供のためにそこまでしなくても」
のような声も聞こえてきました。


当然「自分の為」
以外の何物でもなく


それから8年間
私は子育て中心の生活をして

彼は私に
人生の中で格別に光り輝く
宝物の時間

をプレゼントしてくれたのです。


ところで
退職した時

私の資産はリーマン・ブラザーズの
株とストックオプションしかなく

 

(入社したときは20ドル以下だった株価は
130ドルくらいになっていました)

もし
万が一
あり得ないけど

 

リーマン・ブラザーズがなくなったら

一文無しだ、
という自覚はありました。
(ポートフォリオ理論の誤解もまたいつか)

ストックオプションは退職1年後から
徐々に行使できる仕組みでだったので

私は2006年・2007年に全てを
現金化しました
(過去最高値更新真っ最中のこと)

2008年秋に
リーマン・ブラザーズの

株・ストックオプションは

全て紙切れになったので



「子育てのために」
時間とお金を犠牲にしたのではなく

「子育てのおかげで」
素晴らしい時間とお金を貰った

という結果になりました

おまけがついてきたんですね。


そして
リーマン・ブラザーズの株価が
そのまま上昇し続けていたとしても

同じ気持ちだったと思います。


「何がどうなるか」
はわからないけど

「何をどう受け止めるか」
は自分で決められますからね。

 

 

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銀座から成田空港まで1000円って、海外が近くなった気がする。何がどう安いかは大切だ