嗚呼、わが人生に悔いなし・・・。 | 気功はまだやるな。

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気功は特殊能力ではありません。鍛練も必要ありません。左回り渦エネルギーで「辛い。」「ついてない。」そんな深刻な悩みがたちまち解消します。

こんばんはニコ気功整体師の岩瀬です。

 

おかげさまで今年、整体師になってから30年目を迎えました。

これまで、1度だけしかお会いしなかった方。長年、支えていただいた方。

一期一会。出逢った人すべてに感謝です。有難うございました。

 

多くのいろんな方のブログを読ませていただくようになってから、

気づくことも多く、、励みにもなりました。

これからも出逢いを大切にして、よりもっと学ばさせていただきたいと思っております。

今後ともよろしくお願いいたします。

 

(あっ、これでブログをやめるわけではありませんよ。てへぺろ

 

さて、

この世は、修行の場。本当にそうなんだろう。と思っていました。

 

わたしは、かつて、腰痛に苦しんできました。

 

とにかく痛い。プンプン

 

歩く。立つ。座る。ことが困難。

 

階段を上ることはできません。お風呂に入るにも、トイレに行くのもやっと・・・

動き回ることも、じっとしていることもできなかったのです。

 

横になって、寝ている時でさえ、この痛みによって、目を覚ます次第でした。

整体は、そりゃあ、数えきれないほど行きました。整形外科にも行きました。

 

一時的によくなったりもしましたが、またすぐに元に戻ってしまう。

そんな状態が、25年も続きました。

 

「いつまで、がまんすればいいのだ。」

「いや、もうよくならないだろう。」と半ば、いや、95%以上あきらめていました。

 

船橋市である団体が、整体セミナーを行うということ参加しました。

整体の先生が、施療してくれるということでした。

 

「どうせ、まただめだろう。」

と、期待などこれっぽっちもなく、あきらめ顔で、その先生の施術を受けました。

 

が、その先生の言うことは、これまでの先生とちと違う(?!)

 

「腰痛は自分で治すもの。」

だというのです。

 

「それができてれば、ここには来ていませんよ。えー

なんて、うそぶいてみましたが、

 

先生は、ニヤリとしながらも真剣な表情。

施術中もずっとそんなことばかり言います。

 

そして、20分程度の施術の後、「立ってみて。」

と言われましたが、またぎくっと来ると思うと、なかなか立ち上がれません。

 

それでも、「えいっ。」と・・・。

 

すると、ぎくりとしません。

「歩いてみて。」と言うので、おっかなびっくり歩きだしてみても、

まったく痛みを感じません

 

「あれれ?うそでしょぉ~。びっくり

思わず、先生に向かって叫んでしまいました。

 

それから、今日まで、

ほとんど歩けなくなるような腰の痛みを感じることはありません。

 

ほんとこの時、「この人は神様か?」と思いました。

 

25年間の痛み(苦しみ)が、

たったの20分そこらで消えてなくなってしまったのですから・・・

 

このことが、きっかけでわたしは整体師を目指すことになりました。

この時41歳。

 

その後、記憶喪失になってしまったり、

大病を患って「余命○○年です。」なんて、宣告を受けたこともあります。

また、お金に困った挙句、家を出され路頭に迷うこともありました。

 

波乱万丈なんて格好のいいものではありません。

 

自分で息を止める。苦しいですが、ある程度、慢できるでしょう。

でも、この時の苦しみは、

誰かに頭を押さえつけられて、洗面器の水に顔をつけられたようなもの。

もがいて、もがいて・・・「息がしたい。」

 

窮地に追い込まれると、本当に自分がしたいことが明確に浮かんでくるものです。

 

その時、時のことは今でも思い出しますが、

「辛い。」「どうして自分ばかり・・・。」と、

暗闇にひとりぽつんと取り残されたような淋しい想い。

 

そんな時、あの苦しかった25年の腰痛生活を思い出します。

そして、あきらめていたことが、一瞬で消えた。

 

紆余曲折を経て、なんだかんだで、すべて乗り越え、今日まで生きてきました。

今は困難があったからこそ、生きてこれたのだ。とさえ思っています。

 

辛かったことが、今ではよき想い出になっています。いや、苦しんでよかったとさえ思っています。

まあ、あまり、二度と味わいたく無い経験ばかりですが・・・。てへぺろ

 

人生なにが起こるかわかりません。

「まさか、自分が整体師になろうとは・・・。」想像すらしていませんでした。

 

苦しみや辛さは、修行の内、神様はその人が乗り越えられる試練しか与えない。

なんて、言いますが、

本当に苦しいと思っている時は、そんな言葉も気休めにしか聞こえません。

 

また、苦しい時ほど前向きに・・・。

「よし、頑張るぞ。」と想って見ても、

「これ以上何を頑張ればいいのだろう・・・。」と余計に凹んでしまいます。

 

。と、

双方、図形的印象はよく似ています。見間違えてしまうほどです(?)。

一の字1本入っているかどうかだけです。つまり、辛いのと幸せは紙一重。

 

お腹一杯の時に食べるステーキよりも、

腹ぺこの時に食べるカレーライスのほうが数段うまい。

 

安心と満足ばかり求めていても、、きっと退屈でつまらなく感じることがあると思います。

満足と、幸せは違うのです。

 

寒さに震えながら、家に帰ると、暖房がきいていてあったかーい。照れ

カラカラに乾いた喉に、ごくっと流し込むビールは格別うまい。チュー

夜眠れないほど痛かった虫歯が、歯医者さんに行ったら、痛みが消えた口笛

 

辛さの後には必ず幸せがあるのです。

だから、辛い時こそラッキーと思わなければ・・・。

 

苦しいと感じている時にこそ、

それを打開させる方法をもう一人の自分が必ず教えてくれる。

それも、思わぬ形で・・・照れ

 

辛い。苦しい。と思っている時は、「なんで自分だけ・・・」なんて思いがちですが、

誰でも、苦しい、辛い思いはしているのです。

私は、知っています。

もし今、苦しい。辛い想いを持っているのなら、

それが解決するてだてが見つかる前兆である・・・。と

 

苦しみ・辛さは、必ず解決できる方法があるのです。

その方法を知っているのは、何を隠そう自分自身なのです。

 

あきらめに似た感情を抱きながらも、一縷の望み(光)を見つけようとしていれば、、

必ず、辛さ・苦しみが一瞬で消えてなくなる時がやってくるのです。。ニコニコ

 

 

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