心屋塾認定カウンセラーのつんちゃんです
新たなシステム導入の動き
プロジェクトが始まり
あるセクションのリーダーに
ベンダーからの聞き取り
社内基準に統一性がない(微妙なズレだか)
現状を聞かれ答えられない自分
どこまで答えてよいか
答えられない自分にちょっと劣等感
答えられない自分にちょっと劣等感
上申してオフィシャルの回答を出したいところ
上申したところを想像
「聞いていない。
どうしてもっと早く話さない」
語調が強く
この
なんでもっと早く話さないんだ
が出た瞬間に
言った側の正
言われた側の悪
が作られる
以前は罪悪感、劣等感に包まれた
今もある
ただ、もう一つの思いもある
なんで言って貰えないか考えて欲しい
言って貰えるだけの人望がないんでしょう
そんな言葉が浮かぶ
しばらくループ
ふと、なんか昔同じことを味わったような
あ~ 母だ !
母に強く怒られたとき
小学生低学年の頃は母に口答えもできず
小さくなっていた
そのうち母が友達と電話をして愚痴を言っていると
心の中で母を批判していた
母を悪者にして批判をしていた
小学校も中学年、高学年になるとその批判を母に直接ぶつけるようになった
なんかその時の感覚と似ている
どうせ僕は批判される
どうせ僕は駄目でしょう
どうせ僕は怒られる
どうせ僕はできなくて怒られるでしょう
そんな感じかな
そんな経験がフィルターとなって
まだ話してもいない、行動もしていないことに
ゆがんだ結論を想像させる
結局批判をしているのは自分
そして批判している相手は自分
善悪を絡ませる必要はない
ただ統一されていない部分があるということ
自分で勝手に善悪を絡ませているだけ
そして怒られることに結び付けつけているだけ
たまたま怒られてもそれで僕の価値は変わらないし
俯瞰して相手の心を感じてみればいい
ポジションチェンジ
相手の心の悲しい気持ちが現れる
なんで言ってくれないんだ
リセット完了!
明日も楽しく過ごそう!
目の前のことをそのまま受け止めよう
善悪のフィルターを絡ませることなく

