祖母のおじいちゃん“だいすき”が、私の道しるべ  | 忘れない・・・でも自分らしくも生きていく(大阪)

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ともに過ごした時間を大切に、想いを胸に
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大切なひとと死別してからはじまるグリーフのじかんに
グリーフケア・ペットロスケア・アドラー心理学・算命学
とともに自分らしさ&自分発見再構築

 TODAY'S
 
おばあちゃんのおじいちゃん愛がわたしの原点だったんだ

うぉーーーー

 

今日で「忘れない。でも自分らしくも生きていく」

連続100日チャレンジブログ

達成いたしました。

 

パチパチパチパチーーー

ひとり拍手―――てへぺろ

 

ということなのですが

今回はチャレンジブログのまとめ記事ではなく

 

祖母の生き方が

私の原点になってる?

と思ったことがあったので

それを書きたいと思います照れ

祖父は私が小学2年生の時亡くなりました。

その葬儀の時のこと。

 

祖母が

「まっとくんなはれ・・まって・・・」

とお棺にすがりつき

激しい悲しみと、

とてつもなく辛そうだった記憶があります

 

また、その姿は

いつもの穏やかで優しい大好きなおばあちゃんではなく

 

そして、私の母の母でもなく

大好きなひとを失った

妻の顔の祖母だった気がします

 

それは私がはじめて見た

大切な人との別れによる

悲しみを抱える人を見た瞬間でした

ただ、その後の祖母の記憶は

それまでのもとのおばあちゃんの顔になっていたことと

 

時々祖父のことを

悲しそうな表情や話ではなく

 

穏やかであたたかい、

ふぁんとした口調で

 

病気で亡くなった祖父に

「さるのこしかけ」というのを食べさせてあげたかった

 

元気になってほしかった

 

やさしい人じゃったよ・・・

 

〇〇してくれてな・・・・

 

おばあちゃんって、

本当におじいちゃんのことが

大好きだったんだろうな・・・

 

いい夫婦だったんだろな・・・

をずっと感じていました。

 

そんな祖母は63歳で祖父と別れてから

82歳で亡くなるまでは

 

優しさやユーモアをもちながら

老人大学や短歌や幅広い趣味を

楽しんでいた記憶あります

このように

祖母が祖父への想いをずっと大事にしつつ

祖母らしくも過ごしていたことこそが

 

忘れない。でも自分らしくも生きていく

 

原点になってるやないか~い

と思いました照れ

たぶんそのまま

真似はできないと思うけれど

 

いつか私も

再び夫さんわんこと笑顔で出会うためにも

 

忘れない・・・でも

これがわたしの自分らしさでござる~音譜音譜音譜

 

を感じながら過ごしていくことを

ずっとずっと

大事にしていきたいな・・・

 

と思いました照れ

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