特に何という話はなくて、この頃はこうだった、程度の話なので...。

 

・・・

 

三つ子の魂云々という諺を、なるほどなぁ~、と思うのだけど、

自分は物心ついたころからきっとそれほど変わっていなくて、

繊細で、人の荒い言動が苦手で、

高校以降は友達といえるような関係は作れなかった。

 

富山の大学には入学したものの、

サークルに入るわけでもなく、同級生と友人関係も作れず、

学校に行くふりをして、町の本屋でよく時間つぶしをしていた。

(結局富山の大学は2年後に退学し、それから1年間ニート/アルバイト生活していた。)

 

40年も経ってしまった今では閑散としているようだが、

当時富山市の街中は賑わっていて、スクーターに乗って

総曲輪(そうがわ)というアーケード街の入り口にある本屋(清明堂?)に行っていた。

 

ホンダ タクトという赤いスクーターだが、

未だにときおり、このスクーターに乗っている夢を見たりする。

夢の中では、ちゃんとエンジンがかかって動いている。

(※写真は拾ってきた同型のもの)

 

 

音楽は詳しくもなんともないのに、オーディオ機器は好きで。

一般的に、高額な機器は「音が良い」とされていたが、

音の良し悪しなど、聞いてもよく分かっていないのに、

10万近くのカセットデッキを買ったりしていた。

親のすねかじりの身分なのに...(^^;


CDが発売されたのが1982年らしいが、当時のCDプレーヤーは15万くらいと高嶺の花。

それから2年後、5万程度と手に届く価格のCDプレーヤー(SONY  D-50)が発売され購入。

当時はCD1枚が3800円とか2枚組で6000円とか、なかなかの高額だった。

 



 

あの頃、CDで初めて聞いたMahlerの9番は、何がいいのかさっぱり理解できず。

「分からん..」と思いつつ10回くらい繰り返して聞いて、初めて良さが分かった。

 

 

今回久しぶりカラヤンのマラ9を聞いたけど、なんかしっくりこない。。。

下のAbbadoの演奏のほうが、耳になじんでいて。
 

 

これは僕の葬式のBGMと決めていて。

棺桶に入れてもらう用のDVDも買ってある。

 

いろんな種類の音楽を楽しむ(関心を持つ)という感じにはならず、

当時も今も、ただただ同じ音楽を何度も聞いている。

 

 

 

本屋では、宗教、精神世界、オカルトみたいなコーナーによく行っていた。

傍から見て、気持ち悪いやつだと思われてなかったか心配ではあったけど、

ほぼそのあたりにしか興味がなかったから仕方がない。。。

 

当時、麻原何某とか、桐山何某とかという(新興)宗教家の本が

目に留まったように記憶している。

下手をすると何かの拍子で、麻原何某かの団体に入りかねない

ヤバいやつだった。(苦笑)

 

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J.クリシュナムルティの本と出合ったのは、

富山でブラブラしていたころか、

またはそのあとに入りなおした島根の大学に行ってからだったか?

 

定かには覚えていないけど、この人の本は好きだった。

 

「カッコイイ」と表現すると、あまりにも安っぽい感じがするが、

彼を語る際には、彼自身が長となっていた団体の解散の話が最初に思い当たる。

 

クリシュナムルティは、1929年、自ら「星の教団」を解散し、

神智学協会を去ることを選ぶ。その「解散宣言」は衝撃的なものだった。

「真理は、そこへ通ずるいかなる道も持たない領域である。

 真理は限りないものであり、無制約的なものであり、

 それゆえ、ある特定の道をたどるように人々を指導し、

 あるいは強制するようないかなる組織も形成されるべきではない。」

 

当時の本は、とっくの昔に絶版になっていて。

 

 

 

 

今販売されているものでは、これを買って読んだが、

やっぱり彼の香りがする。

 

 

 

その界隈ではかなり著名人だが、

日本のマスメディアに取り上げられるほどでもなかった彼。

今の時代となり、Youtubeで動画が見れるようになるとは思わなかった。

 

 

 

真理は組織化できないという彼の言葉を知りつつも、

僕はその後、某幸福の科学という団体に入ることになる。

 

今日の話は、その前日譚ということで書きました。