前回のブログの流れとは全然違うけど..。
「言葉」というものに対して、
僕は比較的繊細なほうなのだろうな、と思っている。
会社でプレゼン資料とか、調整・お願いごとのメールとか、
文章を書くことが多く。
そもそも、ソフトウェア/システム開発屋さんなので、
コンピュータ向けの言語を使ってプログラミングするのが
仕事だと思っていた。以前は。
でも中堅どころになって以降、仕事で作っているのは、
9割がたは人に読んでもらうための文書で、
コンピュータ向けのプログラムは1割もあるかどうか..。
人に伝えるための文書とするために、かなりの労力を使う。
的確に、効果的に伝えられなければ、作る意味すらなくなってしまうから。
ただ、なんでもかんでも事細かに書けばよいというわけでもない。
相手に考えてもらうために、あえて書かないようにすることもある。
テレパシーで、以心伝心で伝われば、こんなに苦労しないのだけれど、
この世界の人間は、
シンボル、表象言葉でコミュニケーションする習わしを引き継いでいるので。
それを尊重して、僕はいつも骨を折っている。
・・・
言葉といえば、以前にこういうコミックスを買っていた。
これは、会社の部会でやっている自己紹介の場で、
誰かが「このコミックスが面白かった」と紹介されていたもの。
言葉を<獣>の姿で見ることができる共感覚の持ち主(東雲)と、
その世界に一緒に入り込める友人(薬研)という、女子高校生たちの物語。
半年くらい前にAmazonで読んで、
そのときはなんとなく「へぇ~」とか思いながら読み流したのだろう。
で、たまたま今日、何かのはずみで、
このAmazonページのリンクが出てきたので、
「そういえば、こんな本、紹介されていたなぁ~」と思い出し、
パラパラと読んでいたのだが、
「あれっ?、こんな話、書いてあったっけ?」となり。
「この世でいちばん美しい、言葉の獣を見つけたい」
という東雲に対するやりとり。
「美しい」の辞書的な意味は、
内在する美の足元にも及ばない。
いわゆる言葉は、
どこまでいっても表象・シンボル、
符号化されたものだから。
にもかかわらず、
符号のある種の組み合わせは、
生命、内在する美を思い起こさせる。
以前に僕らが、符号に生命・美を吹き込んだから。
その証拠は、僕らの胸にある。
・・・
前回のブログの流れとは全然違う、
といいつつ、
その遍歴は結局僕をここに導いた。
僕にとって、とても大切な遍歴だ。


