これまで、
スピリチュアルとか、非二元論みたいなところの会話の中で、
「これは幻想なのだから」
のような言葉を何度か聞いたことがある。
この世界は幻想だとか、
私自身も幻想だとか、
いわれるのだけれど。
ただ、そういう言葉を聞いたときに、
違和感を感じることがあって。
幻想だから、どうでもいいとか、
そんな表現をしながらも。
別の部分では、
苦しみを感じていたり、
何かに囚われていたり。
頭で、知識として、
幻想という捉え方、考え方を持ち込んで、
それで納得しようとしているけど、
心の奥底では、全然納得していないように見える。
・・・
先日のブログでは、
「人間のやっていること:象徴(シンボル)と意味づけ」
というタイトルで書いてみた。
それぞれの人によって、
フォーカスしているところも違えば、世界観も違うので、
よく分からないとか、それほど重要な話ではないとか、
そんなふうに思われた方も多かったかもしれない。
#10人くらいにしか読まれておらず、
#そもそもが少ないですが...(^^;
でも、自分的にはそれなりに意味合いというか、
ひとつポイントがあって。
それは、
自分が見たり、聞いたり、感じたりしたことに対して、
それが何であって、どのような意味があって、
それに対して良い・悪いを判断しているのは、
すべて自分だ、
ということ。
世界で起きていること、
わたしが見たり聞いたり感じたりしていることには、
ほとんど意味はないのだけれど。
それに意味づけして、価値づけして、
それを大切なものとして扱ったり、
それを悪いものとして除外しようとしたりするのは、
それそのものの良し悪しのためではなくて、
わたしがそれを決めたのだ、
ということ。
そして、自分が、わたしが
そういう意味づけ、価値づけをしているにも関わらず、
それについての自覚が無い場合が多い、
ということ。
何かに対して、
意味とか、価値とかを作り出して与えているのが
自分自身であるにも関わらず、
何かのモノとか、何かの感覚とか、何かの感情とかには、
その「何か」自体に意味があるとか、価値があるとか、
そういう捉え方を人間はやりがちなようで。
僕自身がそうやって生きてきたのだけれど、
実はそうではなかったし、
それを自覚していなかった、ということです。