自分なりに、「心の揺れ」を見ているつもりでいるが、
つくづく感じるのは...。

僕が「犠牲者でありつづけたい」と思っていること、

それはつまり、

「世界、他人、外部に罪悪を見つづけたい」と思っていること、

それも、

「強く強く、それを願っている」

ということだ。



僕の左脳的な理解として、
「世界、他人、外部に、罪悪は無い」
という命題はあまりにも明白なのに、

それでも罪悪を見続けたいということは、
「どんだけ罪悪が好きやねん...」
ということだ。(...呆れ...)


その願望の強さ。


その衝動の強さ。


「清純な僕には、そんなもの無いよ~」
という顔をしておきながら、
一枚剥がすと、「あるある」...。


そう解釈したくて、たまらないのだ...。(...呆れ...)



まぁでも、それが分かって良かった。

その傾向性の存在を認識することは、
きっと良いことだ。



最近JACIMさんから、
ワプニックさんのこのビデオに
日本語訳をつけたものが公開され。

これは「しっかり見なさいよ」ということだろう。

V#37: 「兄弟を罪なき者と見たいかどうか」




それにしても、
ワプニックさんの語りが早すぎる。

字幕を読んでいても、おっつかない。

「この人、どんだけ腑に落としてんねん...」、
と思う。