皆さんは幸せになるためにどんな所に行かれてますか?
神社やお寺参り?
パワースポットに占い?
はたまた宗教に救いを求める?
私は全てやってきました。
今回は最後に書いた宗教の話をさせて下さい。
私はある宗教に長い間通っていました。
きっかけは最愛の父を亡くしたのがきっかけです。
それまで考えたこともなかった、人間は何の為に生まれそして死んだらどうなるのか?
と言う人生最大のテーマに出くわしたからです。
私が暫く通ったその宗教から、この世は修行の場であると言うことを学びました。
何処の宗教も大体同じことを教えています。
試練に遭うのは魂の成長の為には仕方ないことで、
忍耐強く乗り越えて行きなさいと言うものでした。
そうか!がんばらないと!
と純粋な私はそう思ったものでした。
私が通っていた教会には素晴らしい人が多く、
自分を犠牲にしてまでよく奉仕されていました。
とても真似出来ない、頭の下がる思いでした。
でも暫くして、教会の人々を知っていく内にあることに気がついたんです。
これも私の主観なんですが、どうも彼らが幸せではない様に見えたんです。
多分彼ら自身は奉仕している時に幸せを感じていたとは思います。
奉仕は素晴らしいことだからです。
だけど、実際の家での生活は私が見るからにとても幸せとは程遠いものでした。
生活は厳しく、子供の問題、病気…
上げていくと限りがありません。
私は人生とはこんなにも苦労して、それでも歯を食い縛って生きて行かないといけないものなのか?
と思うようになってしまったのです。
その教会の教えは世の中の贅沢(お金)は悪であると言う考え、
人生は試練の連続。最後まで堪え忍んだ者だけが天国に行けると言う教えでした。
正にその教えの通り、信者さんは文句も言わずに歯を食い縛って生きているようでした。
私はお金は悪だとは思わない、考え方の違いだと思っていました。
なぜなら自分に余裕がないと困っている人を助けられないからです。
口では言わなかったですが、その教会の人々が大変だった(助けが必要なこと)のは
大体がお金の問題だったのです。
最初にお話したように類は友呼ぶと言う考え…
私と言う存在がその教会で浮いてしまったのも言うまでもありませんね。
引き寄せの法則から言えば当然のことです。
彼らの人生は彼らが厳しく大変な生活を自ら選んでいるのですから…
でも悲しいかな、彼らにはそれが分かってなかったのです。
当の私ですらその時は分かりませんでした。
私は幸せになりたかったのでそから逃れることにしました。
そこにいると私は幸せにはなれないと思ったからです。
ここで補足させてもらうと、
私は彼らの様な人生は幸せでないと思うけれど、彼ららそうでないと言うことです。
人には色々な価値観があって質素倹約を美徳とすると言うのもありなのです。
でもこれだけははっきりと言えます。
彼らはこの世で一生大変なまま生活しつづけることでしょう。
私はその教会を飛び出て幸せになれると思っていましたが、
実はそうは簡単にはいかなかったのです。