あの日から15年ですね。

15年前の今日、私は打合せのために中目黒に向かう日比谷線の中にいました。

当時はまだガラケーで、それでもニュース速報が届いたので、すぐに仙台の母に連絡。

 

その時点で無事を確認できていたので、以後、連絡が取れなくなっても安心でした。

本人はすぐに停電でニュースを見られず、何が起きているのかもわからないまま、ひょこひょことカメラを持って近所を歩き回り、迎えに来た弟にえらく怒られていたらしいんですが。

 

中目黒で地上に上がったら、タワマンがぐわんぐわん揺れてた。

事務所でニュースを見て目に飛び込んできた光景にパニック映画かと思った。

 

……被災した方を思うと、生きてるだけで丸儲けって言葉が実感を伴ってそうだなあって思いますね。

 

あの頃、ダンスやってたっけ?

……遠い記憶を探ると、先生がいなくなったり、自分が引っ越したりで、ターンプロしたばかりの村田先生に習ってた頃でした。

 

ダンスに対してはそんなに熱心じゃなかった。

というか、正しくはそれどころじゃなかった。

 

いろいろ思い出します。

 

結論としては。

生きてるだけでありがたいことなので、ちょっとくらい(ちょっとじゃないけど)ダンスが下手でも、踊れるだけでいいじゃん!ってことです。

 

私のスマートウォッチは1時間に250歩歩かないと振動するんですが、前回レッスンの日、1時間だけ250歩いかない時間帯があったんです。

 

ななな、なんと!

レッスンの真っ最中!

 

なんでかっていうと、

ひたすらウォークしてたから。

時計に振動がいかないくらいそろそろと。

(あんよが上手状態)

踊り込みどころじゃありません。

 

でも、これやらないと、絶対にまともにならないそうなので、ひたすら修行僧のような時間でした。

 

でも、生きて踊れるだけで幸せって思うことにしよう。

 

あの日、外界と自分をつないでくれたのはやっぱり携帯電話でした。

真っ先に安否確認の電話が来たのは、なんと大阪の友人。

 

15年前から、スマホの充電が満タンであること、モバイルバッテリーを持ち歩くこと、歩きやすい靴で移動すること。

それが今も習慣になっています。

 

 

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