アリストテレスは言いました。
『人間は社会的な動物である』と。
人間は、社会を作り、その中で生きる動物である
ということです。
独立して仕事をやるようになって2年、
それからずっと
「まったくもってその通りである…」
と実感しています。
家で一人で仕事をするときが多いのですが、
正直、気が滅入ることが多々あります。
孤独感にさいなまれるのです。
「このまま私が死んでも、
社会にとって別に取り立てて困ることとか
無いよなあ…」
なんて思ったりするわけです。
(死のうなんて思ったことはありませんよ。)
結婚して、「家庭」という小さな社会を手に入れましたが、
主人と二人(と、今は猫一匹)の生活。
主人から
「今日は外で食べる約束ができたから、
晩御飯はいらない」
と言われたりすると、
その日は家族と電話で話したりする以外は
誰とも話したりすることが無い一日なわけで、
窓の外が暗くなってくるのと同時に
私の心も暗くなる。
気軽に愚痴を言える仲間や友達もいない。
「晩御飯いらない=私はいらない」
と言われているかのような
気持ちさえ、
芽生えるのでございまし。
会社勤めしていた時は、
上司が嫌で、会社の体勢が嫌で、
時間の拘束が嫌で、
とストレスがありました。
毎日いろんな人と接して生活をしていて、
能力以上のものを求められて必要とされて、
「一人になりたい」と思うこともしばしばでした。
それでも、週末になれば酒を飲みながら愚痴を言い合えたり、
何かあったら助け合える仲間がすぐそばにいたわけです。
あのときはとても嫌だった会社員生活ですが、
あれはあれでとても幸せな日々だったんだなあと実感します。
私の尊敬する作家、村上龍氏の小説、
『愛と幻想のファシズム』で、
こんなセリフが出てきます。
ある精神科医の先生が言うセリフです。
「生まれついて不完全な人間は、
様々なものでその不完全さをカバーしようとするわけでね、
自分というものもとても不確かなものなんだ、
例えばね、自分のありとあらゆる知り合い、肉親、会社の上司、
仲間から、ある日突然お前なんか知らないと言われてごごらん、
百パーセント、発狂するよ、
他人から認識されて、
自分が自分だと分かるだけなんだ(以下省略)」
本当に、自分がこんな不確かな存在だとは、
思いもよりませんでした。
自分と、孤独との戦いは、今も続いています。
ところで、私の友人に、
同じように独立して、
一人でネイルサロンをやっている女子がいます。
新婚ホヤホヤです。
先日、ネイルをしてもらいながら
彼女の話を聞いていると、
なんと私と同じことを考えていたのでした。
旦那から「今日はご飯いらない」と言われると
「…私って一体なんなの?ご飯係?」と思う。
このまま私が死んだって、
何も困ることなんて無いんじゃないか。
うん、分かる、すごい分かるよ。
なんて会話をしてたわけです。
また、一方で、
大手の自動車損保のコールセンターで働く
バリバリやり手の友人の女子も、
以前、同じことを言っていたんですね。
このまま私が死んだって、
何も困ることなんて無いんじゃないか。
独身だけど、
部下もいて、後輩もいて、
表彰されるぐらいの実績も残していて、
まさに社会的生活を送っている
そんな彼女でもそう感じることがあるなんて…。
意外でした。
この「自分」という存在の不確かさ、孤独感
というのは、どこで埋まるものなのでしょうね??
社会の中で必要とされすぎて壊れる人もいれば、
社会と自分とのつながりを感じれずに壊れる人もいる。
人間って、複雑というか難しいというか
我儘な生き物ですね。
答えのない話をつらつら書いてすいません。
…さて、そろそろ晩御飯の支度に入りたいと思います。