お兄ちゃんには厳しくて

「早くしなさい!もう帰るよ!」と言っているママが


弟くんには「あら~まだ遊びたかったんだぁ。」



なんて、気持ちに寄り添って優しくしている姿を見かけました。



保育士をしていても、

「ぶっちゃけ、下の子の方がかわいいんです。」

「兄弟を平等に可愛がれないんです。私、ダメ親ですよね。」


というお悩みは聞きます。




2人の我が子を平等に可愛がれない代表として


子ども時代、姉妹平等に可愛がられなかった(と私が感じた)代表として


どちらの気持ちもわかる私が言えること( ̄^ ̄)ゞ




それは






平等なんてどのみち無理なんじゃい!




ということ。



年齢差や男女差、親子の相性もありますし、

自分と似ていてイライラしたり

真逆すぎて理解できなかったりと



理由は様々だと思います。



私自身も

長男だけにイライラすることがしょっちゅうありました。


特に長男がかんしゃくを起こしているとき。


泣いて暴れる姿が無性にイライラして

怒りまくっていた。
 


次男のかんしゃくにはイライラしないのに。



今思えば子どもの頃、


私もかんしゃくを起こしていたけど

抱っこしてもらえなかった

甘えられなかった自分がいたから、



長男も我慢して!


と蓄積された悲しみが怒りとなって出ていました。


そんな自分に気づいたら

長男に対するイライラがだいぶだいぶ減りました。




長男の姿を通して

自分の心が映っていたのです。




そして私は四人姉妹の二番目なので、

今思い出しても、なかなかの野放しっぷりで育ちました。



放牧的な(笑)





いつも


お姉ちゃんはいいなー

妹たちはいいなー

私ばっかり!

とスネていましたね。




でも今なら

母が思っていた愛情と私が欲しかった愛情の形が違っていただけ、ということがわかる。



何が良くて何が悪いわけではなく、


そういう事実があった。ただそれだけ。



だから私が、愛されてなかった訳でも

大事にされていなかった訳でもなく、



放牧=愛されていない

と勝手に結びつけていただけ。



そこにさびしさはあったけど、 



それがあったからこそ


今、子どもたちのさびしさに気づけるし




小学生時代はなんの制限もなく

遊びまくって冒険しまくっていた。  



そのおかげで、暴走直進力(笑)が育って今の私がいる。
    



必ずマイナスの裏にもプラスがある。





もしママが


兄弟を平等に可愛がれないと悩んでいたとしたら、 



その時点で

なんとかしたい、同じように愛したいと思っている、ということ。


なんとも思っていない相手には
そんな気持ちは湧かないので、


子どもへの愛情がそこにはある、ということになります。





そして、仮に私が息子たちに全く同じ関わり方をしたとしても


「◯◯ばっかりずるい!」


となることもあります。


子どもの受け取り方は、私たちがコントロール出来ないのです。





子どもたちは、兄弟平等というよりも


自分だけを一番に愛して欲しい、見て欲しい


ただそれだけなんだと思います。


欲しいのはそう、特別感。



だとすれば




よく発達心理学の先生が言っていた


たまに(毎回だと特別感が薄れてしまう)兄弟別々で、一人一人との内緒で特別な時間を持つ


というのが、とてもとても有効なのではないかと改めて感じる今日この頃。



子どもの姿を通して、兄弟別々に自分の心が反応するとしたら





さぁ、私は何を感じているんだろう?

イヤだと思う気持ちはどんな気持ち?




自分の気持ちに気づいて


自分と仲良くする番かもしれません。

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そんな講座をこれからやっていこうと思っている私に、


次から次へと課題が降ってくる。


昨日は町内子ども会の統括責任者になりました(笑)

夏には大きな学会を控え、

コーチングも学び中。

結婚式の余興の練習もして

我が子の野球チームのメンタルコーチになりたい!と宣言してる私。


やらなきゃいけないことと

やりたいことが山積。




よーし!人に頼って甘えるぞ(。-∀-。)
(⇧けっこう苦手)



最後はグチでした(笑)


今日もご覧頂き、ありがとうございました♡