もうこれは単なる日記でしかないですが(汗
コロナ禍の影響として、記しておきます。



今日は母方の祖母の葬儀へ参加するため、地元へ戻りました。
昨年の父方の祖母に続きました。

祖母は3月に入院。
コロナ禍のせいで誰も見舞いに行けないまま、6月。

あんなに人懐こくて寂しがり屋で、祖父が亡くなる前も、母のすぐ上の姉が亡くなる前も、取り乱していた祖母なので、
それも96歳でぼけてなかったので、
さぞかし寂しかったことでしょう。

昨年結婚した後、挨拶に行くはずが、タイミングが合わず、会えないまま…

「お祝い準備して、会えるの待ってたよ」
と聞きました…



葬儀は葬祭センターででしたが、勿論ソーシャルディスタンス。
とはいえ、距離取れてなかったですけどね(汗

みんなマスクしているので、そしてただでさえみんな喪服なもんだから、
元々あまり親戚づきあい避けてた方の人間としては、もう誰が誰だか認識するのに時間がかかりました。

葬儀場だから小さい声で何か指示されても、マスクで聞こえにくく、ニュアンスも感じ取りにくいし。

1番コロナ禍の影響かなと思ったのは、火葬場に行けるのは15人まで、という制限について。
す、少な!
でも確かにあの部屋では、15人でも多いかも…

それでほとんどの人は、葬祭センターで、折詰の食事を、その場でいただくか持ち帰るか、でした。

葬儀開始が10時半で、12時には葬儀場から帰宅の途へ、でした。
早い。



人との関わりが、薄いものは薄いまま、濃いものはもっと濃くならざるを得ない感じなのかな、と、思いました。

会える時に会っておく、言葉はかけられる時にかけておく、ということの切実さが、より際立ってきています。