ごきげんよう katoshiでございます😊


壇ノ浦の戦いの舞台となりました、古戦場編参りますね。


のっけから、海の動画ですみません💦

関門海峡の潮の速さをご覧頂こうかと思いました。

海とは縁遠い所で生まれ育った私は、海が近い所で育った方、海に詳しい方をからすると、こんなの珍しくないよ🤔と、思われるかなぁ…と、考えたんですけどね😅とにかく驚いてしまいましたので、アップしてしまいました。

第一印象が、『速い!😱初めて見た💦』だったもので…。いかに、海と縁遠い所で生まれて育ったのが分かるかと😅💦

でもって、800年以上も前に、この様な所で合戦があったのか……今では船も断然進化してて、何ともなくても、当時は漕手がおり、つまり、人が漕いでいたと言う位だから、いくら熟練した漕手でも大変だったのではないかな…?と、思ったんです。

そんな大切な漕手、非戦闘員を義経殿は射ったのか……
何とも言えぬ気持ちになります。

 場所は、赤間神宮を基準にしますと、徒歩で20分位でしょうか。決して歩けぬ程の距離ではないと思いました。


バスでも行けるし、そちらの方が早いんですけど、せっかく遠路はるばる?来てるのだから、歩いて行こう!当時に思いを馳せつつ、行こう!と、妙に張り切ってましたね😁

ちなみに大河での壇ノ浦の戦いシーンは、伊豆の海で撮影されたとか🤔

確かに現在の関門海峡での壇ノ浦の戦いシーンは撮影出来ないなと思いました😥観光地化してますし、ホテルを含め、お土産物屋さんや観光船もドーン!と、ありましたしね。

ちなみに巌流島に行く観光船もありましたけど…💦
行く気は全く起きずの私😑ふぅん…?そうなんだ…程度でして¯_( ͠° ͟ʖ °͠ )_/¯、どうせ行くなら、知盛殿が最後に陣を敷いた彦島に行きたい!と、思ってました😐

下関南端にある所で、今では陸繋島になってますが、如何せん、日数的に無理であり、今回は断念したのですけど😭



古戦場近くになると、この様な橋があり、みもすそ川とありますので、昔、昔、流れていたのかも知れませんね。


なんとまぁ、はっきりと記されてますね😥💦

最早これまでか…と判断した、平知盛殿が『お覚悟を…!』と言われた時に、二位の尼と言われる平時子様が(水天宮で、安徳天皇様、建礼門院徳子様と、神様としておいでですので、どうも呼び捨てには出来ませぬ…😐)、草薙の剣を持ち、安徳天皇様を抱きかかえて…との事ですが、別の説によると、侍女が安徳天皇様を抱きかかえたとありました。

どちらが正しいのか、今となっては知る術が、私にはありません💦


勿論、古戦場跡とは申しましても、かなりの規模の戦でしたから、この辺だけではなく、………何処までが範囲なんだろう?と、海をガン見しつつ、まだまだ自分の知識不足を痛感してもおりました。

続きますね。

最後までお付き合い下さいまして、はじめましての方も、複数回お越し下さる方にも、皆様に感謝しております😊本当に有難うございます🤗